以前ツイッターで、同社の社員から「過去有名であったひとであっても現在は違い既に過去の人。それは認証に値しない。私達は正しい意見でユーザーを区別できる」と言われたことがあった。この人達は「何様」だろう?と思い、対応についてクレームを入れたが、当時はことごとく無視されていた。その数年後の昨年、現在の日本法人代表である笹本氏にメールをした(別件、名誉毀損の内容証明送付の件も含めて)その時同時に、同社社員より私に対して言われた「過去の人〜区別」についての話をしたものの、同代表は適切に処理するという内容の旨DMをいただいたので、わたしは法的な(会社法)法人代表者の見解として受け取り、道徳的解決と理解しそれ以上の言及を控えた。
「私達はユーザーを区別出来る」という部分、そして現在の「ツイッターに認証されたユーザーのツイートは信頼されるアカウント」と言う部分からすれば、わたしの主張は音楽や芸能ビジネスにおいて信頼に値しないものであると解される。この辺の詳細は今後の展開のために省くが、最近余計なひとことを口走る大人が多い。その一言が自らを法的に不利な立場にすることにつながっているんだけどね。
ところでなんでこんなことを言い出したのかというと、本日の大坂なおみさんの件で思うことがひとつあったから、私はスポーツのようなすごいものではないけど、いくつかポピュラーなアニメや自分の司会の民放テレビ番組をさせてもらったことがある。中には自分がモデルの、一生に一回あるかないかのようなアニメの主役もさせていただいた。そういう経験では何万分の1の席、つまり一つしかない椅子に座った人物なんです。そこにスポーツとの違いがあったとしても、精神的にメディアに出れらなくなったり、演技に集中しているときにべつなこと(取材等)を拒否したりした記憶があります。
実は私、他人の分、つまり他の役者の分までセリフを暗記するんです。立ち回りが全て頭に入っているから演技を崩したくない。セリフ抜けをなくしたい。そういう部分で演技に集中しているのですが、それは主役たるもの、最高の映像を作りたいからであってその録音期間は他のことができないんです。でもそれはその立場にならないとわからないでしょう?プロなんだからと言われるけれど、全部の流れ、試合と同じもので今の自分はベストを尽くすこと。これは1番になってみないとわからないと思います。あなたが経験したことのない緊張した世界、どうかいじめないで理解もしてあげてほしい。
大坂さんの記事をたまたま目にして、こういう気持ちからツイッター社の同じような配慮のない感覚に怒りを禁じ得ない感じになったわけです。
ところで、ツイッターで呟くのは控える。だからたまにはブログをフォローして覗いて下さい。こっちでは不定期ですがちゃんとした法律の話などもしますよ(^^ )