(写真:移動中の筆者が、議論の銅像と錯覚した大手町の銅像)
愛知県が2010年から3年ごとに開催している国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」。2019年の内容は「表現の不自由展」。この際の展示物の内容に議論が起こり、名古屋市の河村市長の座り込み抗議や高須クリニック高須医院長らの知事へのリコール運動などは記憶に新しい。
今回この「表現の不自由展かんさい」は、大阪市で7月16日から開催予定だったが、利用者らの安全を確保できないとして、施設が25日、利用許可を取り消したことが話題になり波紋を呼んでいる。
直近の6月には東京で、「表現の不自由展・その後」を予定していたが、「企画展で慰安婦を象徴する少女像などが展示されたことに抗議や脅迫が相次ぎ街宣車の抗議を受けた」という理由で会場移転と開幕を当面延期すると発表した。
その後、一度は新たな会場が決まったものの、「抗議の中には生命や身体を脅かすような内容に加え、展示会への攻撃を示唆するものもあった」ということから、一転、「近隣に迷惑がかかるので貸し出せない」として施設所有者が貸し出しを拒否し、事実上の東京開催停止を余儀なくされたとみられる。
表明されている「表現の不自由展」、主催者などのウェブサイトの趣旨など
検閲が奪った尊厳回復のために いま日本では、多くの表現と言論が沈黙を強いられています。表現の不自由展は、公共空間や公共施設で検閲を受けた表現を集め、展示するプロジェクトです。2015年からスタート。あいちトリエンナーレ2019では自らも検閲を受けましたが、内外の作家や市民の支援を受け、再開を実現。いまも”消されたものたち”の復権のため活動しています。天皇制、日本軍「慰安婦」、強制連行、福島原発、政権批判……こうした主題に課せられる検閲について、多くの方たちと一緒に考え、自由で差別のない社会をともに作りあげたいと考えています。本サイトでは、表現の不自由展のあらまし、活動の歩みと声明資料、日本の検閲史などを紹介します
引用:表現の不自由展実行委員会
東京は事実上開催停止、その他これまでに行われた表現の不自由展関連イベント
筆者が確認できたものは、「EAPAP2019:島の歌」の中の展示企画、韓国・済州島の済州4.3平和公園で2019年12月〜。MOCA Taipei(台北當代藝術館、台北市現代美術館)で2020年4月〜。表現の不自由展 プレ企画 トークイベント[あいトリで隠されたもの〜「対話」と「中立」の落とし穴]東京都新宿区で2020年10など。
実行委員会側が「法的措置も検討」とされるなか、大阪知事が対応を表明。
今回、大阪市で7月16日から18日にかけて開催予定だった「表現の不自由展かんさい」は、会場となる大阪府立労働センター「エル・おおさか」の指定管理者側が6月中旬以降多数の抗議が寄せられ、利用者らの安全を確保できないと事前に大阪府に対して通知し、それを受けて25日、利用許可取消しの由。
26日、吉村洋文大阪府知事は記者団に向け、「中身について判断するつもりはない」と展示内容そのものに対するものではない旨を前置きし、「施設の管理運営を考えると、許可を取り消すべき」と指定管理者からの通知を受け、取り消し決定前に施設側に賛同の意向を伝えたと(毎日新聞などが)明らかにした。
一方、主催する実行委員会は予定通りの期日と会場での開催を目指し、法的措置も検討している。吉村氏は「法的措置を取るのであれば、徹底的に対応したい」と各報道が伝えている。
筆者の意見を加えるとすれば、これまで愛知県の騒動や東京開催の停止(中止)原因にある、「抗議や脅迫が相次ぎ街宣車の抗議や身の危険が及んだなどの前例」が、行政側のイベント取消し決定の判断において、一般論として「危険性から停止、若しくは中止等の危険を回避せざるを得ない状況」を取り消し理由にできること。又、それらを決定のための原因及び根拠として引用できることには合理性に疑いはない。
さて、主催者側が法的措置を表明・検討する場合。他に取りうる手段はなかったのか?とか、危険の度合いとか、色々あるだろう。表現の自由と声高々に言いたいだろうが、少し抑えてその他も色々考えて見てからで良いだろう。(伝わりにくい表現であったため加筆)
コメントを見る (1)
気になるのは何かにつけて取り出す「検閲」の意味を理解できているのか、です。
検閲とは行政権が事前に内容の公表を禁止または制限することであり、すでに内容が明るみにでていることに私人が反発することは含まれないでしょう。