2018/12/06号 産経デジタル iRONNA掲載記事アーカイヴ(写真:筆者、本文とは関係ありません)
埼玉県秩父市が12月から実施予定だった同市の姉妹都市である韓国・江陵(カンヌン)市との職員相互派遣事業について、市役所に抗議が殺到し、久喜邦康市長が中止を決めたという、11月28日配信の埼玉新聞のネット記事が目に留まった。
秩父市と江陵市は昭和58年に姉妹都市になり、職員派遣による交流は35年間続いている。秩父市は今年10月、一層の友好関係の発展につなげる目的で「姉妹都市間の職員相互派遣に関する協定書」を締結。職員研修の一環として毎年相互に職員1人を半年間派遣し、行政の実務研修を受けさせる計画だった。
秩父市としては韓国人観光客の誘致を狙うインバウンド事業を推進するために観光課海外戦略担当職員を12月初旬に派遣し、一方の江陵市からも12月下旬から来年1月にかけて職員の受け入れを予定していたらしい。
このニュース自体は特に気になるものではなかったが、私がやや違和感を覚えたのは記事中のある表現だった。
秩父市が今月5日に職員派遣を発表した後、同市にはインターネット上で右翼的な発言をする「ネット右翼」とみられる人々から、「江陵に慰安婦像があるのを知っているのか」「秩父は好きだったけど、秩父には絶対に行かない」などといった抗議のメールや電話が約50件以上寄せられた。
この記事の下りで、特に気になったのが「インターネット上で右翼的な発言をする『ネット右翼』とみられる人々」という表現である。
記事の流れからみると、市役所の広報担当や同事業の担当者が取材に答えたようにも見える。もし、これが行政側の発言であったとしたら、いささか問題ではないだろうか。つい先日も、埼玉県鴻巣市のショッピングモールで開催予定だった自衛隊関連のイベントが「市民団体」の抗議で中止になったという報道があったばかりである。しかも、秩父市と同じ埼玉県内で起きた問題だった。
このときは抗議の主が「市民団体」や「市民」という表現が使われていたが、今回のケースは「ネット右翼」。しかも、この「ネット右翼」という言葉は、一般的に侮蔑的な意味合いで使われることが多い形容表現である。秩父市の職員派遣中止は本当にネット右翼による抗議が原因だったのか。どうしても真相が気になった筆者は直接、秩父市役所など関係各所に取材をしてみた。
11月28日午後、秩父市役所に電話取材を申し入れ、秘書広報課を通じて以下の2点を問い合わせたところ、人事課長から下記のような回答が得られた。
質問① 本件の記事について経緯を知りたいのですが、どのような流れで職員相互派遣の中止を発表されたのでしょうか。
「12月定例市議会の開会初日に、市長自らが「職員の派遣を中止した」と言及し、明らかになりました。それを受けて、地元紙である埼玉新聞記者が秘書広報課に取材に来られ、記事になったということです」
取材 秩父市役所人事課長
質問② 記事中にあった「ネット右翼」という表現について、市がそういう表現を使って発表した事実はあるのか。
「そういう表現を市側が使ったのかどうか、ということですよね? (その前に)まず、今回の件に関しては多少誤解もあるようなんですが、江陵市との姉妹都市協定は、既に昭和58年からやってます。今年は35周年という節目でもあり、6月には江陵市の市長さんがこちら(秩父市)に来られ、その際両市長が相互派遣をやろうと合意したんです。こちらとしては市長からの指示を受け、相互派遣の事務を進めていました。
埼玉県内の自治体でも珍しい事業であり、11月5日に地元記者クラブに投げ込みの資料提供を行いました。その後、19日くらいから市のホームページ内のメールサイトを通じて、相当数の苦情が寄せられたことは事実です。
その内容は言葉に出せない誹謗中傷のようなものもありました。ちょっと大げさかもしれませんが、両市を行き来する職員に身の危険があるとか、不快な思いをする可能性は拭いきれないということから、市長が急遽中止という判断を下しました。
当然ながら、私どもから「ネット右翼」などの表現を使って説明した事実はありません。正直、こちらも驚いております。そういった状況を踏まえて、再度、秘書広報課につなぎますので(そちらでも)ご確認ください。
同
再度、人事課長から秘書広報課につながれると
「担当課長が申し上げた通り、こちらでも一切そういった表現は使っていません」
取材 秩父市役所秘書広報課
・・・・・との回答を得た。
であるならば、記事中の「ネット右翼」という表現は、新聞社が独自の判断で使ったのだろうか。
双方から事情を聞きたいと思い、筆者の事務所を通じて同じように埼玉新聞報道部を名乗る関係者に電話で取材した。自分の名前は最後まで名乗らなかったが、この人物によれば、「まあ、その、舌足らずというか。当該部分は慌てて削除したんですけど、ちょっとネットに出てしまって…」というような状況だったらしい。
この説明だけではどうも腑に落ちない。関係者個人の見解ではなく、より正確な情報を知るために、改めて書面で埼玉新聞社に取材を申し入れた。その後、埼玉新聞からは30日午後になって、筆者の事務所宛てに下記の回答メールが届いた。質問及び回答内容は下記の通りである。
質問①秩父市役所広報課及び人事課担当者によると、「ネット右翼などの表現を用いて発表していない。埼玉新聞が勝手に書いた」とのことだが、なぜ「ネット右翼」という表現を使ったのか。
「記事作成段階で、当該表現を使用してしまいましたが、最終的には社の判断で削除しました。紙面制作工程上で削除された表現が、ネット用の原稿配信ミスでネット記事のみに残ってしまいましたが、同29日に記事を修正いたしました」
埼玉新聞社回答メール
質問②「ネット右翼」について、どうお考えか。
「社としての見解はございません」
同
埼玉新聞総務部からの回答は大ざっぱに言えば以上である。回答の通り、確かに当該記事は「ネット右翼」の部分が削除、訂正されている。
原稿の配信ミスとはいえ、この記事を読んだ多くのネットユーザーは、あたかも「ネット右翼」による抗議が原因で秩父市の職員派遣が中止になったと思ったに違いない。取材記者や埼玉新聞に印象操作の意図は本当になかったのか。筆者の取材の限りでは、同新聞社はそれを明らかにしなかったが(*1注、取材音声は全て存在する)、新聞が公共メディアである以上、今後も「ネット右翼、ネトウヨ」などと安易に用いるべきではないと思う。
いずれにせよ、秩父市の職員派遣中止は、筆者の出身地(同県川越市)にも関係するネタであり、特に気になる記事だったことには変わりない。
*1及び下線部を編集前原文へ修正
©産経デジタル iRONNA https://ironna.jp/article/11357 執筆者(文・取材:小西寛子(声優、シンガーソングライター)