国民はなぜ納得できないのか——DeNA15億円補助金と「強い企業をさらに支える国」。今、国民が知るべきこと!

国民はなぜ納得できないのか——DeNA15億円補助金と「強い企業をさらに支える国」。今、国民が知るべきこと!

「利益提供ではない」では済まない

経済産業省のコンテンツ産業向け補助金「IP360」で、DeNAの新規スマホゲーム開発が最大15億円規模の支援対象に選ばれた。経産省は「大企業への利益提供が目的ではない」と説明している。しかし国民が納得できない理由は、そこではない。目的が利益提供でないとしても、結果として大企業の開発費と失敗リスクの一部を公費で負担することに変わりはない。しかも、いまの日本では、子ども、教育、研究、文化継承、地域、若者、独立した才能、制作現場といった本来なら国が先に守るべき土台が弱っている。その状態で、すでに資金力も実績もある大企業の娯楽・コンテンツ事業に巨額補助枠を用意する。ここに違和感を持つのは、単なる感情論ではありません。考えれば考えるほど、国の優先順位がおかしいのである。

IP360は小さな補助金ではない

IP360は小さな制度ではない。経産省は、日本発コンテンツの海外売上を2033年までに20兆円にする目標を掲げ、複数年の大規模・長期・戦略的な官民投資を進めるとしている。公式ページでは、IPをマンガ、アニメ、ゲーム、実写、音楽、グッズへ多角展開し、利益を最大化する構想が示されている。令和7年度補正予算では、コンテンツ産業支援の規模が大きく拡張され、メニュー3「大規模作品製作支援」は補助率2分の1、上限15億円/者、メニュー5「流通プラットフォーム拡大支援」は補助率2分の1、上限30億円/者である。一方、個人又はチームのスタートアップを対象にするメニュー1「IP新規創出支援」は上限1,000万円/者にとどまる。大企業向けは15億円、30億円。個人・チーム向けは1,000万円。この桁の差だけでも、制度がどこを厚く見ているかは明らかである。

DeNA案件は「資金のない小さな挑戦」ではない

DeNAが採択されたのは、メニュー3「大規模作品製作支援(一般支援)」である。第1回公募では、申請90件、採択27件、申請者53者、採択者19者だった。DeNAの事業名は「北米市場を主戦場とする新規モバイルゲーム(ソフトローンチ型)の開発・グローバル展開事業」で、公式採択文には、DeNAが数年来、グローバルでのモバイルゲーム成功事例と開発スタイルの違いを分析し、それを取り込むべく自社投資を重ねてきた、と明記されている。つまりこれは、資金も経験もない小さな挑戦ではない。すでに自社投資を重ねてきた大企業の北米向けスマホゲーム事業である。その事業に公費を入れるなら、問うべきことは一つである。補助金がなければ本当に実現しなかった投資なのかというものだ。

制度設計そのものが「強い企業」向けである

この「追加性」が公開されていない限り、国民は納得できない。大規模作品製作支援の入口条件は、ゲームであれば過去作品の最高売上80億円以上、製作費20億円以上、自社又は他社の資金提供コミット額が製作費の50%以上である。つまり、そもそもこの制度は、相当な売上実績と資金調達力を持つ事業者でなければ入口に立てない。さらに補助上限額は「8億円+過去上位3作品の平均売上×10%」と15億円の小さい方であり、過去の売上が大きいほど上限に近づく構造である。これは「弱い事業者を支える制度」ではない。すでに強い企業に対し、より大きな挑戦をさせるという名目で、国民がリスクを分担する制度である。

成功すれば企業の成果、失敗すれば国民の負担にならないか

経産省は、大規模作品への投資はハイリスクで、企業が投資規模を抑制し、潜在的利益を逃すおそれがあるため、支援により大ヒットIPの創出、クリエイター所得向上、デジタル資産の蓄積を図ると説明している。だが、これは目的の説明であって、正当性の証明ではない。補助率2分の1なら、企業の自己負担は軽くなる。必要に応じて部分的な概算払い、つまり前払いも認められる。収益納付はあるが、「収入−製作費×4」の10%を補助額の範囲で納付する仕組みであり、成功時の利益を全面的に国が回収する制度ではない。失敗時にはリスクが軽くなり、成功時には企業側に利益とIP価値が残る。これを「利益提供が目的ではない」という言葉で薄めるのは、国民に対する説明として不十分である。

問題はゲームではなく、国の優先順位である

この問題は、スマホゲームが悪いかどうかではない。もっと根の深い問題である。いまの日本は、子どもが減り、外国人労働者が増え、シニアが働き続けなければ回らない国になっている。2025年の人口動態統計では出生数67万1,236人、合計特殊出生率1.14、自然増減数は91万8,253人のマイナス。外国人労働者は2025年10月末で257万1,037人、在留外国人は2025年末で412万5,395人。65歳以上の就業者は943万人、就業率は26.0%。これは単なる労働力の話ではない。日本社会の中身を誰が受け継ぐのか、家庭・学校・地域・職場で文化や公共心を次世代へ渡す力が残っているのかという問題である。少子化、外国人労働、シニア就労の問題が示している通り、日本は「人手不足」だけでなく「継承する人不足」の社会になっている。

足りないものを継ぎ足すだけの国になっていないか

この土台が弱っている時に、国がやるべきことは何か。娯楽産業の高リスク投資を公費で補うことなのか。それとも、子どもを育て、地域を維持し、文化を継承し、若者が家庭を持ち、研究者が研究を続け、現場の人間が技術と倫理を身につけるための基盤を立て直すことなのか。人手不足だから外国人を入れる。労働力が足りないからシニアに働いてもらう。IT時代だから子どもに端末を持たせる。海外売上を伸ばすために大企業のゲームに補助金を出す。これらは一見、別々の政策に見える。しかし根は同じである。国の土台を育て直すのではなく、足りない部分を外から継ぎ足し、便利なものを早く入れ、強い企業に成果を期待し、社会の成熟を後回しにしているのである。

子どものIT問題は「端末を増やせばよい」ではない

子どものIT問題は、ここで中心的な意味を持つ。文科省のGIGAスクール構想は、1人1台端末や高速大容量ネットワークによって教育の質を向上させ、「個別最適な学び」と「協働的な学び」を実現すると説明している。だが、端末を配ることと、人間が成熟することは同じではない。内閣府経済社会総合研究所の研究では、PISA 2022で日本の15歳生徒の48.5%が国語系授業で、53.5%が数学で、43.8%が理科でデジタル資源を使っていないと回答しており、OECD平均の31.2%、36.4%、25.2%よりかなり高い。つまり日本は、端末整備を急速に進めた一方で、授業の中でそれを成熟した学びへ統合する段階に到達していない。

タブレットやAIは、成熟前の子どもに何を流し込むのか

ここを「では、もっとIT教育を成熟させよう」とだけ書くと、問題を薄める。子どもにタブレットを持たせることは、単に便利な学習道具を渡すことではなく、まだ世界の基礎を理解していない子どもに、答え、評価、比較、広告、流行、通知、推薦、他者の反応が絶えず流れ込む環境を個人所有させることだ。子どもはまず現実を知る必要がある。人の顔を見ること、人の話を最後まで聞くこと、失敗して自分で考えること、すぐ答えが出ないことを考え続けること、誰にもほめられなくても自分が変だと思ったことを大事にすることが先である。これはIT教育の改善論ではない。順序の問題である。

ノルウェーの警告は、日本にも向いている

ノルウェーの動きも、この順序の問題を補強する。Reutersによれば、ノルウェーは2026年、6〜13歳の小学生について生成AI利用を原則禁止し、14〜16歳では教師の監督下で慎重に使わせ、17〜19歳で適切な利用を学ばせる方針を示した。背景には学力低下があり、ノルウェー政府は2024年に学校でのスマホを禁止し、紙の本を教室に戻し、タブレット依存を減らす法案も進めると報じられている。ノルウェーが日本に直接「諫言」した一次資料までは確認していない。しかし、デジタル先進国側が、子どもの基礎学力と成熟を守るためにAI・スマホ・タブレットの導入順序を見直している事実は、日本への十分な警告である。

スマホゲームは単なる「昔の遊び」ではない

この状況で、国がDeNAの北米向けスマホゲームに最大15億円の補助枠を用意することの意味を、もっと厳しく見るべきである。スマホゲームは、単なるゲーム機時代の遊びとは違う。常時接続、課金、ランキング、通知、継続ログイン、ソフトローンチ、ユーザーデータ分析、アジャイル検証、離脱防止、収益最大化の設計と結びつく。DeNAの採択文にも「ソフトローンチ(多打席検証型アジャイル開発)」とある。これは北米市場で通用する収益基盤を作るための企業戦略であり、子どもの成熟や公共心を育てる政策ではない。

文化産業の価値を口実にしてはいけない

もちろん、コンテンツ産業には経済価値がある。だが、ここでその話に逃げてはいけない。文化産業としての価値があるからといって、未成熟な社会に娯楽・端末・AI・ゲーム的報酬構造をさらに流し込むことが正当化されるわけではない。国民が問うているのは、「ゲームが文化かどうか」ではない。「国がいま支えるべきものは、それなのか」である。子どもたちが自分で考える前に外部評価へ接続され、家庭と地域の継承力が落ち、学校が端末を配っても成熟した学びにできず、若者が減り、シニアが働き続け、外国人労働者を教育不十分なまま受け入れ、研究の土台が細り、独立研究者が制度の入口に立ちにくい。この国の土台が揺らいでいる時に、資金力のある大企業のスマホゲーム開発リスクを国民が負担する理由はどこにあるのか。

研究の土台も弱っている

研究の土台も弱っている。NISTEP定点調査2025は、研究資源、学術研究・基礎研究、政府の研究費マネジメント、博士後期課程進学者数、研究施設・設備について厳しい認識が続いたと公表している。物価高騰も研究活動や研究マネジメントに広く影響し、基盤的経費や競争的研究費への追加配分を求める意見が多数を占めた。これは、単なる研究者の不満ではない。日本の知的生産基盤が弱っているという公的な警告である。

若手研究者と独立研究者には入口が狭い

若手研究や独立研究の入口はさらに狭い。科研費には若手研究や基盤研究があるが、若手研究は原則として博士号取得後8年未満の研究者が対象で、金額は500万円以下の規模である。制度上、研究機関を通じた電子申請や研究者情報登録が必要になるため、所属を持たない独立研究者には入口そのものが狭い。大企業の大規模作品支援は最大15億円、流通プラットフォーム支援は最大30億円。一方、若手研究や独立した知的挑戦は数百万円規模、あるいは入口にも立ちにくい。この差を見て、国民が「おかしい」と感じるのは自然である。

過去の官民支援への不信を無視できない

過去の官民支援への不信もある。クールジャパン機構やINCJ・ジャパンディスプレイ支援のように、国が産業支援を掲げて大きな資金を投入した後、十分な成果や回収が見えず、国民の不信を招いた例がある。これらはIP360が必ず失敗する証明ではない。しかし、過去に「国が成長産業を支える」と言って投入した資金が期待通りに機能しなかった以上、新しい補助制度には最初から厳しい透明性が必要である。成功したら企業の成果、失敗したら国民の負担という構造を、また繰り返してはならない。

公開されるべき数字が足りない

DeNA補助金問題で公開されるべき数字は、まだ足りない。実際の交付決定額はいくらなのか。概算払いはあるのか。補助金がなければDeNAはどの程度投資を縮小したのか。補助ありの場合と補助なしの場合で、投資額、売上予測、雇用、外注費、クリエイター報酬、国内再投資はどれだけ違うのか。審査委員会はその差をどう評価したのか。KPI未達の場合、返還や次回採択への影響はあるのか。収益納付はいくら発生するのか。失敗した場合、その損失は誰がどう検証するのか。これらが見えない限り、「利益提供が目的ではない」という説明は、国民への説明になっていない。

これは一企業のスマホゲームの話ではない

この問題は、一企業のスマホゲームの話ではない。日本が、未来の土台を守る国なのか、すでに強い企業をさらに支える国なのかを問う問題である。少子化で子どもが減っている。外国人労働者が増えている。シニアが働き続けている。家庭、学校、地域、職場での文化継承が弱っている。子どもは現実より先に画面、評価、推薦、AIに接続されている。研究基盤は細り、独立した発想は制度の外に置かれやすい。その中で、国が大企業のスマホゲーム事業に最大15億円の補助枠を用意する。国民が納得できないのは、騒いでいるからではない。考えれば考えるほど、この優先順位がおかしいからである。

いま補助金を出すべき場所は別にある

いま補助金を出すべき場所は、強い企業の高リスク娯楽事業ではない。子どもが人間として成熟する時間を守る教育であり、端末を配る前に人の顔を見る力、沈黙を待つ力、言葉を最後まで聴く力、自分の違和感を守る力を育てる場所である。地域で文化を継承する家庭と学校である。日本語教育と生活教育を備えた外国人受け入れの基盤である。シニアを安い労働力として使うのではなく、経験を次世代に渡す仕組みである。若手研究者と独立研究者が、組織の肩書きなしでも知的挑戦を続けられる制度である。制作現場で、名前の出ない人たちが使い捨てられず、技術と倫理を次の世代へ渡せる環境である。

納得できない国民が悪いのではない

海外売上20兆円という旗を掲げれば、公金の使い道を曖昧にしてよいわけではない。むしろ金額が大きいほど、根拠は細かく示されなければならない。大企業に支援するなら、補助がなければ実現しなかった投資であること、企業利益だけでなく日本社会の土台へ還元されること、失敗時の責任と検証が公開されることを示すべきである。それが示せないなら、国民は納得しない。納得しない国民が悪いのではない。納得できるだけの根拠を出していない制度側の問題である。

日本を壊している構造が一つの点に集まっている

DeNA15億円補助金問題は、日本を壊している複数の構造が一つの点に集まった問題である。少子化を止められない。文化継承を弱らせる。外国人労働を教育なしに増やす。シニア就労を美談にする。子どもに端末を早く渡す。AIやゲームの報酬構造を成熟前の人間に流し込む。研究基盤を細らせる。独立した才能を制度の外に置く。そして、すでに強い企業には大きな補助金を出す。この順序そのものが、日本を壊している。いま必要なのは、強い企業をさらに強くする政策ではない。日本の根を支える政策である。

国民が検証出来る数字、公開を求めるべき項目

DeNA案件については、実交付決定額、支払額、概算払いの有無、補助なしの場合の投資額・売上額の試算、補助ありとの差分、審査委員会が再評価したROI、作品別又は開発ライン別KPI、クリエイター報酬・国内雇用・外注費・IP権利・国内再投資への還元、未達・中止・縮小時の返還条件、収益納付の実績と計算根拠を公開すべきである。IP360全体については、大企業向け枠、流通プラットフォーム枠、スタートアップ枠、教育・研究基盤、若手・独立研究者、中規模クリエイター、制作現場支援を比較できる形で示すべきである。公金を使う以上、「目的は立派です」では足りない。国民が検証できる数字が必要である。

参考資料

経済産業省「IP360 -Toward 20 Trillion Yen-」公募情報・採択結果、文部科学省「GIGAスクール構想」、内閣府経済社会総合研究所「ICT Use in Schools and Students’ Non-Cognitive Skills」、Reuters「Norway imposes near ban on AI in elementary school」、NISTEP「定点調査2025」、ANALOGシンガーソング掲載の小西寛子記事「少子化、外国人が増え、シニアが働く国へ」「子どもにタブレットを持たせる前に考えてほしいこと」を参照した。