2025年10月8日 東京発
日本を代表するビール大手、アサヒグループホールディングス(以下、アサヒGHD)が9月29日、国内基幹システムへのサイバー攻撃を公表した。攻撃はランサムウェアによるもので、国際的なハッカー集団「Qilin」が犯行声明を出し、計画的な標的型攻撃だったことが判明。ビール生産の心臓部を直撃し、業界全体に供給混乱を引き起こしている。
被害の規模は深刻だ。国内約30カ所の工場で生産・出荷システムが一時停止。主力の「アサヒスーパードライ」を含む飲料・食品の供給網が寸断され、コンビニエンスストアや飲食店の棚から同社製品が消えた。市場では在庫切れが相次ぎ、需要のシフトで競合のキリンやサントリーも出荷制限を強いられる事態に。業界全体の供給バランスが崩壊寸前となった。
清涼飲料部門も例外なく打撃を受け、三ツ矢サイダーやプロテインバーなどの流通が滞った。卸売・小売業者の業務は混乱を極め、アサヒGHDの株価は発表直後から急落。投資家心理に暗い影を落としている。
「システム」にとどまらぬ連鎖被害
アサヒGHDの説明によると、攻撃は情報ネットワーク経由で侵入。生産、物流、通信の各部門が同時に麻痺した。被害発生直後、同社はシステムの隔離を急ぎ、手書き伝票や紙ベースの在庫管理を試験導入。10月上旬には一部工場で生産を部分再開したが、完全復旧は道半ばだ。社内メールの一部は依然として使えず、データ流出の有無をめぐる調査が続く。Qilin側は27GBのデータ窃取を主張しているが、同社は慎重な姿勢を崩さない。
この事件は、単なるIT障害ではない。現代企業がサプライチェーンをデジタルで結ぶ時代に、一社の「神経中枢」を狙う攻撃が、取引先から消費者まで波及する連鎖反応を露呈した。サイバーセキュリティの専門家は「ビール業界のデジタル依存が、予想外の弱点を生んでいる」と指摘する。
急増する脅威、業界の構造的リスク
日本国内では、2025年上半期だけでランサムウェア被害が116件に上り、過去最多を更新した。食品・飲料業界は製造・物流・販売のデジタル化が進む一方、セキュリティ投資が追いつかない「後手体質」が問題視されている。生産ラインのリアルタイム稼働が命綱だけに、わずかな停止でも経済損失は膨大だ。
アサヒの場合、基幹システムの同一ネットワーク配置が被害拡大の要因とみられる。この構造的脆弱性は業界共通で、専門家は「業界横断的なサイバー防衛協定」や「セキュリティ基準の統一」を提言。政府の後押しも不可欠だ。
企業に迫る「次の一手」 投資転換の契機
教訓は明確だ。企業は以下の対策を急ぐべき:
- 多層防御の構築:ファイアウォール、侵入検知システム、定期脆弱性スキャンを徹底。
- バックアップの強化:オフライン分離保管でランサムウェア耐性を高める。
- サプライチェーン連携:取引先・委託業者とのセキュリティ基準共有。
- 法制度活用:5月施行のサイバー対策法を基に、政府・自治体との協力深化。
これらを「コスト」ではなく「事業継続の投資」と位置づけ直すことが、持続可能な成長の鍵となる。
ビール不足の深層 デジタル社会の警鐘
アサヒの生産停止は、単なる供給不足ではない。食卓に欠かせぬ飲料が国際ハッカーの標的となり得る現実を、私たちに突きつけた。10月7日時点でビール生産の一部再開が報じられたが、完全回復には数週間を要する見込みだ。
この事件は、便利なデジタル依存の「影」を照らし出す。社会全体がどうテクノロジーと折り合いをつけるか。ビールグラスの泡立つように、儚くも切実な問いが浮かび上がる。
(出典:Asahi Group Holdings公式サイト、Reuters、CNN、Nippon.com、SecurityWeek、ITmedia、東洋経済オンライン)