選挙の本人確認と不正投票 ― 米国の身分証義務化と日本の課題

選挙の本人確認と不正投票 ― 米国の身分証義務化と日本の課題

 ワシントン共同によれば、トランプ米大統領が選挙での身分証提示を義務化する大統領令に署名する方針を明らかにしたという。報道では「黒人や中南米系は身分証の所持率が低いため、共和党に有利になる狙いだ」と強調されている。だが、果たして本質はそこにあるのだろうか。筆者は「投票におけるID確認は民主主義の基本」だと考える。

 日本ではどうだろう?選挙の際、投票所に送られてくる投票券(はがき)を提示するだけで投票ができる。身分証明書の確認はない。つまり、本人以外が投票券を入手すれば、簡単に「なりすまし投票」ができてしまう仕組みだ。寝たきりの高齢者や障害者の投票券を代理で持ち出し、不正投票に利用されるケースも現場では実際にあると聞く。

 選挙は「国民一人ひとりの意思の表明」である以上、正確さが最も尊重されなければならない。不正を許せば民主主義の根幹が揺らぐ。成人としての責任を持って投票するのであれば、投票所での身分証確認は当然の前提条件であるはずだ。

 ここで、まずアメリカと日本の制度を比較してみたい。米国では州ごとに投票制度が異なり、郵便投票や期日前投票の利用率が高い州もある。そのため、有権者本人確認の方法が統一されていない。今回の大統領令は、その統一を国全体で図ろうとするものだ。

 一方、日本では郵便投票はごく限定的な事情にのみ認められている。この郵便等による不在者投票は、身体障害者手帳か戦傷病者手帳を所持する選挙人で、規定に定められた要件に該当する方、又は介護保険の被保険者証の要介護状態区分が「要介護5」の場合にできるとされている。

 基本は投票所に足を運ぶ方式だ。しかしそれも「投票券の提示のみ」で本人確認が済むため、制度的には極めて緩やかだといえる。近年、マイナンバーカードが普及しているが、投票との連携は実現していない。もし投票所でマイナンバーカードを用いた本人確認が義務化されれば、投票の厳格性は格段に高まるはずだ。

 次に、韓国や欧州の制度との比較をする。韓国では国民に住民登録証の携帯が義務づけられており、選挙の際は必ず提示が求められる。投票所で本人確認を徹底する仕組みが整っているため、「なりすまし投票」の余地は極めて小さい。

 欧州諸国でも多くはID提示が標準だ。例えばドイツでは有権者証と合わせてパスポートやIDカードを提示する。フランスでも投票時に身分証が必須とされ、住民基本台帳と照合される。つまり「本人確認なしで投票できる」という日本の方式は、国際的に見ればむしろ例外的である。

 さて、筆者は各国の不正投票の摘発事例をいくつか探してみた。実際に不正投票が摘発された事例は少なくない。

  • 日本では、2017年の東京都議選で親族の投票所入場券を使って投票したとして有権者が公選法違反で逮捕された例がある。
  • 米国でも2020年大統領選挙をめぐり、ネバダ州やテキサス州で死亡者名義の投票が行われた事例が摘発されている。規模は大きくないにせよ、制度の緩さを突いた不正は確かに存在する。
  • 韓国でも2002年大統領選で住民登録証を不正に利用した「代理投票事件」が発覚し、関係者が処罰された。本人確認を徹底する仕組みがあっても、不正は試みられるということだ。

これらの事例は、「不正は理論上あり得る」ではなく、「現実に起きている」ことを示している。

 話しを戻すが、米国メディアは「身分証提示は共和党に有利」という論調を示す。だが、それは投票率の高低を党派ごとに色分けして解釈しているにすぎない。本質は「誰が投票するか」ではなく「有権者本人が投票したかどうか」有権者の意思を正確に反映させる仕組みを整えることは、民主主義国家として当然の義務だろう。

 筆者は、身分証明の提示を義務づけることは、特定の政党を利する陰謀ではなく、むしろ公正な選挙を守るための最低限の防御策だと考える。

 選挙における身分証提示の義務化は「行く人が正当に投票する」ことを確実にする仕組みにすぎない。民主主義の正当性は制度の公平性に支えられている。日本もまた、自国の制度が国際基準に照らして本当に不正に強い仕組みになっているのかを改めて検証すべきだ。

 問うべきは「誰に有利か」ではなく「民主主義を守れるか」なのである。

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