学校の教室で子どもたちは繰り返し聞かされる。「報復は絶対に許されない。いじめられたら先生に相談しなさい。暴力で返すのは連鎖を生むだけだ」。これは、秩序を保つための基本的な教えだ。拳を握りしめ、相手を睨みつける衝動を抑言葉で解決する道を選ぶ。それが大人になる第一歩だと信じ込まされる。しかし、社会に出てテレビやストリーミングサービスを覗けば、そこは別の世界だ・・・。
リベンジ・ストーリーが氾濫する。復讐を核にしたアニメやドラマが視聴者を熱狂させる。筆者は数々のアニメやテレビ番組に演者として出演してきたが、プライベートではアニメやテレビを一切見ないので(テレビ自体を持っていない)、この記事のためにネットや記事の検索を頼りに受け取った印象を客観的に話すしかないが、主人公は裏切り者に牙を剥き血塗れの決着をつける。『デスノート』のように、敵を巧みに追い詰める知略。ほかの作品では、巨人を倒すための残酷な戦い。
こうした物語は、規則を破る姿を「格好いい」と称賛する。鬼や敵を討つ英雄像は子どもの心を刺激する。なぜなら、人間は本能的に禁止された果実ほど甘く感じるからだ。心理学者たちはこれを「禁断の果実効果」と呼ぶ。ルールで封じられた行為ほど好奇心を掻き立てる。学校の戒めは純粋だがメディアの誘惑は巧妙だ。娯楽はただの物語ではない。視聴者は主人公に感情移入し復讐の快楽を間接的に味わう。結果、価値観が揺らぐ。静かな日常で満足するはずの心が対立を求めるようになる。教育の戒めと文化の誘惑が同時に現れている結果だ。
この矛盾は左右の政治対立にも見える。右派と左派は絶えず敵対を強いられる。ソーシャルメディアのアルゴリズムが過激な意見を優先的に配信する。融合を恐れる声すら上がる。「左右が一つになれば、分断の構造が崩れる。共通の価値を見つけ協力してしまうからだ」。
メディアや政治勢力は、対立を煽ることで利益を得る。視聴率、寄付金、選挙票。平和は、そんなビジネスモデルを崩す脅威だ。2025年9月10日、アメリカの保守系活動家チャーリー・カークが、大学キャンパスで銃撃され死亡した事件は、この分断の象徴だ。カークはTurning Point USAの創設者で、若者向けの保守派運動を率いていた。演説中、百数十メートル離れた建物の屋上から狙撃された。犯人は22歳のタイラー・ロビンソン。FBIの捜査によると、彼は現場から飛び降りて逃走し、数日後に逮捕された。銃は現場近くで回収され、報奨金10万ドルが懸けられた末の成果だった。
興味深いのは、犯人の背景だ。ロビンソンは保守派のコミュニティで育ち、カークを「不十分な保守」と見なし憎んでいたという。X(旧Twitter)では、事件直後から憶測が飛び交った。一部は「左派のテロ」と決めつけ、保守陣営が結束を強めた。だが、捜査の進展で新たな事実が明らかになった。ロビンソンはトランスジェンダーのパートナーと同居しており、警察はその関係が動機に関連するかを調査中だ。パートナーはFBIに協力しており、ロビンソンがジェンダーアイデンティティに関するカークの主張を「憎悪的」と捉えていた可能性が指摘されている。
パートナーは事件に「驚愕した」と語ったという。この詳細は、犯人を単純に「保守派内部者」と分類するのを難しくする。ロビンソンは右派の価値観に育てられたが、近年左派寄りにシフトしたと家族が証言。トランスジェンダーとの関係は彼のイデオロギーを複雑化させ、内部の純粋主義を超えた個人的な葛藤を示唆する。右派内の亀裂が、銃弾を生んだのは確かだが、ジェンダー問題が絡むことで分断のレイヤーが増す。事件は外部の敵ではなくハイブリッドなアイデンティティの衝突だったのかもしれない。
この事件は単なる犯罪ではない。分断の連鎖を示す。メディアは「政治的暴力の防止」を叫び州知事は追悼の声明を出した。大学キャンパスには献花が積まれ若者たちが涙を流した。だが、根底では対立が強調された。保守メディアは「リベラルの脅威」と報じ、リベラル側は「過激右派の自滅」と皮肉った。犯人の動機が明らかになっても、融合の議論は起きなかった。むしろ、両陣営が互いを非難し壁を高くした。分断の仕掛けとその代償はこのようなものだ。
平和の閾値と人間の盲点。その答えはシンプルだ。人々が敵意を捨て平和を選べばいい。一歩踏み出すだけ。共通の課題「エネルギーや地球環境、貧困、精神衛生」に目を向け協力する。カークの事件でももし保守派が内部対話を優先しもう少し多様な視点を受け入れていれば銃声は避けられたかもしれない。教育の戒めが社会全体に及べば、復讐物語はただのフィクションで終わる。なのに人間はできない。争いを生む仕組みに長け簡単な平和を形にできない。なぜか・・・。
それは進化の遺産だ。狩猟採集時代、敵を排除する本能が生存を支えた。今はそれが、アルゴリズムの餌食になる。情報に触れた瞬間価値観が歪む。堕落も対立もすべて影響の結果。人は弱く揺らぎやすい。だが、そこに希望がある。矛盾の中に答えは示されている。学校の教えを思い出しメディアの誘惑を自覚する。
カークの死をただのニュースで終わらせず、鏡とする。左右が一つになる一歩を今日踏み出せばいい。静かな社会は娯楽がなくとも築ける。勤勉で、互いを信じる世界。ほんの一歩で手に入るのに。
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