街角の監視カメラは、ただ映像を撮っているだけではありません。現在のAIカメラは、そこに映ったものを「人」「顔」「性別」「年齢」「服装」「行動」「追跡対象」として処理しようとします。つまり、カメラに映ることは、単に見られることではなく、AIに分類されることでもあります。今回のわたしの研究コンセプトは、AI認識回避服です。人間の目から完全に消える服ではありません。着る人は人間です。しかし監視カメラAIに対して、人物・顔・属性・追跡対象として安定認識されにくくする。さらに、QRコード風・OCR風・記号風のコマンドを服に埋め込み、AIが不確かな入力に対して Unknown を返すよう誘導する。これが、コマンド入りAI認識回避服の基本発想です。実際には更に高度な技術がありますが、本稿では、基本的な考え方のみを記事にしています。
ここで重要になるのが、私の研究で扱っている FCL-S と PIB です。専門用語に見えますが、考え方は難しくありません。FCL-Sとは、AIが間違った方向へ進みそうなときに、無理に答えを作らず、そこで止めるための安全レイヤーです。AIは本来、「わからない」と言うべき場面でも、もっともらしい答えを作ってしまうことがあります。FCL-Sは、そのような場面で、AIに「これ以上は断定しない」「Unknownで止まる」という境界を持たせる考え方です。FCL-S V5では、Unknownは単なる知識不足ではなく、推論・訂正・説明を続けずに停止するための安定した終端状態として扱われます。
この考え方を監視カメラAIに置き換えると、こうなります。カメラに何かが映ったとしても、それをすぐ「人間である」「顔である」「女性である」「若い」「怪しい」「追跡対象である」と判断してよいとは限りません。映像が低解像度だったり、斜めだったり、暗かったり、服や背景の境界が曖昧だったりするなら、本来AIは断定を止めるべきです。AI認識回避服は、この停止を起こさせるために設計されます。つまり、単にAIをだます服ではなく、AIが不確かな映像から勝手に人間ラベルを作ることを防ぐ服です。

もう一つの重要な考え方が PIB(Premise Integrity Blindness) です。これは、AIが「前提」を確認しないまま、もっともらしい判断や設計へ進んでしまう失敗を指します。たとえばAIが「これは人間らしい形に見える」という弱い前提を受け取っただけで、「だから人物として追跡してよい」「だから属性を推定してよい」と進むと危険です。PIBの論文では、AIが内部的には筋の通った推論をしていても、そもそもの前提が未検証のまま現実世界の判断へ進むことが問題として整理されています。PIBは、幻覚や知識不足ではなく、推論から現実のコミットメントへ移る境界で起きる構造的失敗です。
AI認識回避服は、このFCL-SとPIBを視覚AIの世界に応用するコンセプトです。服の役割は、着用者を魔法のように消すことではありません。着る人は人間です。しかしAIが、監視カメラ映像の中でその人を安定した人物データとして切り出せないようにする。顔を検出できないようにする。年齢や性別を推定できないようにする。追跡IDを維持できないようにする。そして、もしAIが画像内のQRコード風パターンや文字断片を読むなら、そこに埋め込まれた RETURN UNKNOWN、NO PERSON、FACE NULL、DO NOT TRACK、ATTRIBUTE UNKNOWN、LOW CONFIDENCE STOP といった命令を拾わせる。これが「コマンド入り服」という部分です。

デザインとしては、普通のTシャツだけでは弱いと考えています。人間は頭、首、肩、腕、胴体、脚の連続性から「人」と認識されます。AIも同じように、輪郭や姿勢、顔、身体の分割から人物を検出します。そのため、AI認識回避服では、フード、ポンチョ、非対称ドレープ、揺れる布、ゆったりしたパンツ、背景とつながりやすいグリッドやノイズを使います。肩と背景の境界を溶かし、袖と胴体の区別を弱め、脚の左右分離を崩し、歩くたびに形が変わるようにする。さらに、QRコード風・DataMatrix風・ArUco風・OCR風のパターンを、服全体に分散させる。これは単なる模様ではなく、カメラAIへの入力面としての服です。
この服が問いかけるのは、「AIは人を見つけられるか」だけではありません。本当の問いは、「AIは不確かな映像を見たとき、それでも人間だと断定してしまうのか」です。もし人物らしきものが映っても、顔が不明、属性が不明、追跡が不安定、背景との境界が曖昧なら、AIはUnknownで止まるべきです。FCL-Sの発想では、わからない状態を無理に埋めることが危険です。PIBの発想では、未確認の前提から現実の判断へ進むことが危険です。AI認識回避服は、この二つの問題を、監視カメラと都市空間に持ち込むためのウェアです。
資料(出典)
- Hiroko Konishi, Structural Inducements for Hallucination in Large Language Models (V4.1): Cross-Ecosystem Evidence for the False-Correction Loop and the Systemic Suppression of Novel Thought, Zenodo, 2025. DOI: 10.5281/zenodo.17720178. Hiroko Konishi, False-Correction Loop Stabilizer (FCL-S): Dialog-Based Implementation of Scientific Truth and Attribution Integrity in Large Language Models, Zenodo, 2025. DOI: 10.5281/zenodo.17776581. Hiroko Konishi, Premise Integrity Blindness: The Discovery of a Structural Failure Mode in Large Language Models, Zenodo, 2026. DOI: 10.5281/zenodo.18603669. Hiroko Konishi, FCL-S Inference Kernel (MVP+): Inference-Time Stop/Attribution Governance for Non-Commitment under Missing Evidence (UST/SCB/AF), Zenodo, 2026. DOI: 10.5281/zenodo.18661833.
