医療費が高額になったとき、患者の自己負担を一定額に抑える高額療養費制度が見直された。厚生労働省は「制度の持続可能性」と「長期療養者・低所得者への配慮」を掲げる。しかし、一次資料を読む限り、今回の見直しは単なる制度維持策ではない。月ごとの自己負担上限は広い所得層で引き上げられ、特に治療開始直後、短期集中治療、外来継続治療の患者に負担増が出る設計になっている。
パブコメ約5,300件、反対が集中
厚労省が公表したパブリックコメント結果によれば、健康保険法施行令等の改正案には約4,300件、健康保険法施行規則等の改正案には約980件の意見が寄せられた。合計で約5,300件にのぼる。
意見の中では、「経済的な理由で治療や受診を諦める患者が増える」「がんや難病などで継続的な高額治療が必要な患者にとって、治療継続が困難になる」「命を経済力によって選別することにつながる」といった反対意見が目立つ。
特に重要なのは、多数回該当が4か月目以降に適用される点だ。パブコメでは、患者が最も苦しくなる治療開始直後の数か月に負担が集中し、今回の改正はその最初の3か月の負担をさらに増やすものだという指摘が出ている。

政府の説明は「制度維持」と「長期療養者への配慮」
政府側の説明は明確だ。高齢化や高額薬剤の普及で高額療養費が増えており、制度を将来にわたって守るためには見直しが必要だというものだ。
厚労省は、今回の見直しについて、低所得者に配慮しつつ、主に療養期間が短期の人に追加負担を求める一方で、多数回該当の金額を据え置き、年間上限を新設すると説明している。また、年収200万円未満の課税世帯については、多数回該当の金額を引き下げるとしている。
つまり、政府の建て付けはこうだ。「月ごとの負担は上げる。しかし、長期療養者には年間上限や多数回該当で配慮する」一見するとバランスを取った制度改正に見える。しかし、患者側から見ると、問題はそこにある。
月ごとの上限はどう上がるのか――改定前後を比べる

一次資料で確認すると、今回の見直しでは、70歳未満の多くの所得区分で月ごとの自己負担上限が上がる。厚労省は、令和8年8月から医療費の伸びに応じて月額負担上限額を見直し、令和9年8月から所得区分を細分化すると説明している。たとえば、年収約370万〜770万円層では以下のようになる。
年収約370万〜770万円層
【現行】
80,100円+1%
<多数回該当:44,400円>
↓
【令和8年8月〜】
85,800円+1%
<多数回該当:44,400円>
年間上限:530,000円
↓
【令和9年8月〜】
この所得層はさらに3区分に分かれる。
年収約370万〜510万円:85,800円+1%
年収約510万〜650万円:98,100円+1%
年収約650万〜770万円:110,400円+1%
多数回該当は44,400円、年間上限は530,000円とされている。
年収約770万〜1,160万円層も、令和8年8月から月額上限が167,400円+1%から179,100円+1%へ上がる。さらに令和9年8月からは、約770万〜950万円、約950万〜1,040万円、約1,040万〜1,160万円に細分化され、上の区分では月額上限がさらに高くなる。——つまり、今回の改正は「一部の超高所得者だけの負担増」ではない。中間層を含む広い所得層で、月ごとの上限が引き上げられる。
「年間では戻る」では遅い。「今月払えない」を放置する制度の盲点

政府は、今回の見直しで年間上限を新設すると説明している。これは長期に治療を続ける患者にとって、一定の救済策になりうる。しかし、年間上限は万能ではない。
厚労省は、年間上限について、月ごとの自己負担額が積み上がり、年間上限に達した後は保険者から還付を受けられると説明している。年間とは8月から翌年7月までを指す。
さらにパブコメ回答では、具体的な償還手続について、計算期間である8月から翌年7月までが終わった後に、各保険者から償還払いすると説明している。自動給付は、保険者が実務上可能と判断した場合に限られる。
ここに制度の盲点がある。年間で見れば負担が抑えられる人がいても、患者はまず毎月の窓口負担に直面する。生活費は毎月かかる。収入減も毎月起きる。だから、「年間では戻る」という説明だけでは、「今月払えない」という問題を解決できない。
治療開始直後の3か月に負担が集中する
問題は、患者が医療費を「年単位」ではなく「月単位」で払っていることだ。
たとえば、がんと診断され、最初の月に手術、2〜3か月目に抗がん剤治療を受けるケースを想像してほしい。病気が分かった直後は、治療費だけでなく、検査費、入院準備、交通費、付き添い、休職による収入減が重なる。家計はむしろ、この最初の数か月で一気に苦しくなる。
ところが、多数回該当は直近12か月で高額療養費に該当した月が3か月以上ある場合、4か月目以降に効く仕組みである。厚労省自身も、多数回該当を「4か月目以降は自己負担限度額が更に軽減される仕組み」と説明している。
つまり、患者が最初に直面するのは、引き上げられた月ごとの上限である。4か月目以降に軽減策があっても、最初の1〜3か月を支払えなければ、治療継続そのものが危うくなる。
外来継続治療にも負担増
70歳以上の外来特例も見直される。一般区分では、外来の月額上限が18,000円から22,000円へ上がる。住民税非課税区分でも、外来月額上限が8,000円から11,000円へ上がる。
がんや難病、慢性疾患では、入院よりも外来で長く治療を続けるケースがある。外来治療は生活と並行して続くため、医療費だけでなく、交通費、付き添い、仕事の調整、介護負担も重なる。
外来の上限引き上げは、単なる数字の変更ではない。通院しながら生活を維持している患者や家族にとって、毎月の固定負担が増えるという意味を持つ。
セーフティネットを守るために、病気の人へ負担を寄せるのか
高額療養費制度は、重い病気やけがに直面した人が、医療費で生活を破壊されないようにするための制度である。健康な人も、明日には使う側になる可能性がある。だからこそ、この制度は「一部の患者のための特別扱い」ではなく、国民皆保険の信頼を支える安全網だ。
政府が制度維持を理由にすること自体は理解できる。医療費が増え、高額薬剤が普及する中で、制度をどう持続させるかは避けられない課題である。しかし、その調整を、実際に病気やけがで高額医療を必要としている人の月額負担増で行うことには、制度趣旨との強い緊張がある。
今回の改正で問われているのは、単なる金額の問題ではない。病気になった人が、治療の入口で「払えるかどうか」を先に考えなければならない社会にするのか。それとも、必要な治療を受けられる安心を、医療保険制度の中心に残すのか。約5,300件のパブリックコメントは、その問いを政府に突きつけたものだ。
パブコメに残された患者側の警告
パブリックコメントには、今回の見直しが患者の受診行動や治療継続に影響するという懸念が多数示されている。
ここで注意すべきなのは、公開されている資料が個々の投稿全文ではなく、厚労省が整理した「御意見の要旨」だという点である。したがって記事では、「生の声」と断定するより、「厚労省が公表した意見要旨には、次のような声が整理されている」 と書くのが正確である。
厚労省が公表した意見要旨には、たとえば次のような指摘がある。「経済的な理由で治療や受診を諦める患者が増える」「がんや難病などで継続的な高額治療が必要な患者にとって、自己負担上限額の引き上げは治療継続を困難にする」「多数回該当は4か月目以降に適用されるため、患者が最も経済的に苦しくなる治療開始直後の数か月間に負担が集中している」
また、年間上限についても、「年間上限を導入しても、単月も払えなければ治療を諦めざるを得ない」という意見が整理されている。省令案への意見要旨でも、同じ問題が繰り返されている。そこでは、年間の総負担額が抑えられても、月々の窓口負担が上がれば「今月の支払いが出来ない」という理由で治療を諦め、受診控えが起きるという懸念が示されている。
この点こそ、今回の改正の核心である。政府は「年間上限」や「多数回該当」を説明する。しかし患者側が訴えているのは、年単位の帳尻ではなく、治療の入口で発生する月ごとの支払い能力の問題である。
資料・出典
- 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」。制度概要、令和8年8月・令和9年8月からの見直し、多数回該当、年間上限の説明。
- 厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(令和8年8月診療分から)」。所得区分別の月額上限、年間上限、外来特例、令和9年8月以降の所得区分細分化の一覧。
- e-Govパブリック・コメント「健康保険法施行令等の一部を改正する政令案に関する意見募集の結果について」。約4,300件の意見、治療断念、治療開始直後の負担集中、年間上限への懸念など。
- e-Govパブリック・コメント「健康保険法施行規則等の一部を改正する省令案に関する意見募集の結果について」。約980件の意見、短期集中負担、年間上限の償還払い、受診控えへの懸念など。
