立花孝志被告の保釈請求が、神戸地裁で再び却下された。
元兵庫県議に対する名誉毀損の罪で昨年11月に起訴され勾留中の政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志被告(58)側が神戸地裁に保釈を請求し、却下されたことが7日、地裁への取材で分かった(共同通信)
立花孝志被告といえば、「NHKをぶっ壊す!」という言葉を思い出す人も多いだろう。私自身、初期のNHK党が参議院選挙への挑戦を進めていた時期、選挙に出ないかという打診を受けたことがある。私がNHKを相手に種々の訴えをしていることを、同氏は知っていたからだ。私は、その誘いを受けなかった。自分には自分で進めたい仕事があり、政治家になることではなく、別のかたちで問い続けたい問題があったからだ。
この個人的な経緯を記すのは、立花被告を擁護するためでも、起訴内容を軽く扱うためでもない。むしろ、接点があったことを伏せたまま「中立」を装いたくないからである。そのうえでなお、起訴された被告人について、判決前の身体拘束がどこまで、どのような根拠で続けられるべきかは、人物への好悪とは切り離して問われなければならない。
さて、まずここで混同してはいけないことがある。起訴内容の重さと、未決勾留をどこまで続けるべきかは、同じ問いではない。竹内英明元県議をめぐる発言・投稿について、検察は名誉毀損罪で起訴した。竹内氏が警察の取調べや逮捕予定にあったという情報は、兵庫県警本部長が公の場で「全くの事実無根」「明白な虚偽」と否定している。起訴内容は、司法の場で慎重に検証されるべきである。
しかし、被告人を勾留し続けることは、有罪判決の前倒しではない。身体拘束は、世論が不快に感じる人物を社会から遠ざけるための装置でも、被害感情を代行して罰するための装置でもない。刑事訴訟法89条が問うのは、罪証隠滅の具体的危険や、事件関係者への加害・畏怖のおそれなどである。少なくとも条文は、「この人を外に出すと世間が納得しない」という理由を保釈不許可の根拠にはしていない。
今回の報道は「罪証隠滅の恐れがあるかどうかなどに関し、条件を満たさないと判断したもよう」と伝える。しかし、「もよう」は決定理由ではない。何の証拠が、誰との接触によって、いまなお危険にさらされるのか。接触禁止、住居制限、通信上の条件、保証金などでは足りないのか。裁判所がどこまで検討し、何を重視したのかは、公開報道から読み取れない。保釈には住居制限その他の条件を付ける制度がある以上、その検討の有無は本来、核心である。
逮捕から約240日、公判日程はまだ決まっていないと報じられている。長いから即違法、短いから適法、という単純な話ではない。だが刑訴法91条は、拘禁が「不当に長くなったとき」には勾留取消し又は保釈を求める。憲法も、正当な理由のない拘禁を認めず、迅速な公開裁判を受ける権利を置く。だから問うべきなのは、「立花被告を保釈すべきか否か」という感情的二択だけではない。この時点でなお身体拘束を必要とする、具体的で検証可能な理由は何か、である。
私自身、罪名・罰条を名誉毀損罪で本人(起草)で告訴をし、刑事確定させたことがある。経験者として思うが、この名誉毀損での被害を軽く扱わないことと、未決拘禁を無条件に正当化しないことは両立する。むしろ両立させなければ、刑事司法は「被告人が嫌われているか」によって身体拘束の強さを変える制度になってしまう。
「保釈を認めず」という短い見出しの後ろには、本来、法律上の要件、残る証拠の性質、保釈条件の可能性、公判開始までの見通しがある。報道がそこを空白のままにするなら、読者は判決前の身柄拘束を、いつの間にか処罰として受け取ってしまう。私は、その空白を「当然」で埋めたくない。
小西寛子
