食料自給率37%――私たちの食卓は何に支えられているのか

食料自給率37%――私たちの食卓は何に支えられているのか

37%が示しているもの

日本の食料自給率が、2025年度にカロリーベースで37%まで下がった。政府が2030年度の目標として掲げる45%を大きく下回る数字である。

この数字を見たとき、多くの人は「日本の農業は弱い」「輸入に頼りすぎている」と感じるかもしれない。もちろん、それは間違いではない。しかし筆者は、この37%という数字を、単なる農業政策の成績表としてだけ見るべきではないと思う。

これは、私たちの食卓が何によって支えられているのかを問い直す数字でもある。スーパーに行けば食品が並んでいる。コンビニには弁当があり、外食は手軽で、パンも肉も油も加工食品も、当たり前のように手に入る。多くの人にとって、食べ物があること、安く買えること、いつでも選べることは、ほとんど生活の自然条件のようになっている。しかし、その「安さ」や「便利さ」は、自然に存在しているわけではない。

私たちの食卓を支える見えない条件

私たちの食卓は、いくつもの条件の上に成り立っている。

  • 海外で農産物が生産され、穀物が輸出されること
  • 国際物流(船)が止まらずに動くこと
  • 燃料が確保され、為替が大きく崩れないこと
  • 肥料や飼料の原料が安定して手に入ること
  • 国際情勢が一定の範囲で安定していること
  • 国内に最低限の農地と担い手が残っていること

これらの条件が同時に成立しているからこそ、私たちは「安い食卓」を当たり前のように享受できている。

逆に言えば、そのうちのどれかが崩れれば、食料価格や供給はすぐに揺らぐ。食料自給率37%という数字は、単に「国内で作っている食料が少ない」という話にとどまらない。私たちの生活が、どれほど多くの外部条件に依存しているかを示している。

この意味で、37%は食料の数字であると同時に、生活の足元の数字でもある。

「国内生産」ならば安全なのか? ――肥料・燃料・飼料という見えない依存

食料安全保障を考えるとき、米や野菜や肉だけを見ても不十分である。食料を作るためには、肥料が必要であり、燃料が必要であり、畜産には飼料が必要である。

そして日本は、その多くを海外に依存している。主要な肥料原料である尿素、りん安、塩化加里は、国際市場と輸入に大きく左右される。飼料も同じである。畜産物が国内で生産されていても、その餌が輸入に依存していれば、実質的には海外の穀物市場や物流の影響を強く受ける。

つまり問題は、「食料そのものを輸入しているか」だけではない。国内で食料を作るための条件もまた、海外に依存しているのである。

この点は見落とされやすい。日本国内で野菜や米や畜産物が作られていれば、一見すると国内生産は維持されているように見える。しかし、その背後にある肥料、飼料、燃料、機械、輸送、資材が海外の価格や供給に左右されるなら、国内生産の安定性もまた外部条件に依存している。食料自給率37%の背景には、こうした「生産の前提」そのものの脆さがある。

中東情勢と食料価格のつながり

昨今の中東情勢は、この前提の危うさを改めて見せている。——中東の緊張は、食料そのものだけを直接揺らすわけではない。むしろ先に揺れるのは、原油、天然ガス、ディーゼル燃料、肥料、海上輸送、保険料、物流コストである。そして、それらは時間差をもって農業生産コストや食品価格に反映される。

食料価格の上昇は、店頭で突然起きるように見える。しかし実際には、その前にエネルギー価格が上がり、肥料価格が上がり、輸送費が上がり、農家の採算が悪化し、作付け判断が変わる。

私たちがレジで「高くなった」と感じるころには、その原因はすでに何か月も前から積み上がっている。

肥料が十分に手に入らなければ、農家は使用量を減らすか、作付けを見直すか、価格転嫁を迫られる。燃料が高くなれば、農業機械も輸送も冷蔵も加工も高くなる。飼料が高くなれば、畜産の採算は悪化する。

つまり、中東情勢は遠い国際ニュースではない。それは、やがて日本の食卓に届く可能性のある生活問題である。

「安く買える」は本当に安定した前提なのか

これまで日本社会は、長いあいだ「安く買える」ことを前提にしてきた。輸入した方が安い。市場で調達すればよい。国内生産は効率が悪い。消費者は安さを求めている。そうした判断は、平時には合理的に見える。

しかし、その合理性は、輸入先が安定していること、国際物流が止まらないこと、燃料価格が許容範囲にあること、肥料や飼料が調達できること、為替が極端に不利にならないこと、そして国際情勢が大きく崩れないことを前提にしている。

前提が安定している間は、安さは合理性に見える。だが前提が崩れた瞬間、安さは脆さに変わる。筆者は、ここに現在の食料問題の核心があると思う。

「安いからよい」という判断は、短期的には分かりやすい。しかし、その安さが何によって成り立っているのかを見なければ、社会は自分の足元を見失う。安い食料は、本当に安かったのか。それとも、国内の生産基盤や農業者の負担、将来の供給リスクを見えない場所に押し込めていただけなのか。食料自給率37%という数字は、その問いを突きつけている。

政府の責任、消費者の責任

この問題は、もちろん政府の責任と無関係ではない。長年にわたり、国内の農業生産基盤をどこまで本気で守ってきたのか。農地、担い手、肥料、飼料、流通、備蓄を、食料安全保障の問題としてどこまで一体的に考えてきたのか。短期的な価格や市場効率を優先する一方で、長期的な供給力を軽視してこなかったのか。

これらは、改めて問われるべきである。食料安全保障を語りながら、国内の生産基盤が弱り続けているなら、それは政策の失敗でもある。危機が来てから「国内で作ればよい」と言っても、農業はすぐに再起動できるものではない。

一方で、国民側の意識も問われる。安いものを当然とし、国産の生産基盤を維持するコストを見ず、農業を「誰かがどこかで続けてくれるもの」と考えてきた消費者側の感覚も、この構造を支えてきた。

食料の安さを求めること自体が悪いわけではない。生活が苦しい中で、安い食品を選ばざるを得ない人も多い。だからこそ、問題は単純な消費者批判ではない。

むしろ問うべきなのは、安さを求める生活と、国内の生産基盤を維持する社会設計を、どう両立させるのかということである。

農業には「時間」がかかる――失われた基盤はすぐには戻らない

農業は、危機が来てから急に増やせる産業ではない。農地は一度荒れれば、元に戻すのに時間がかかる。担い手は一度失われれば、簡単には増えない。水路、農道、機械、技術、地域の共同作業、流通網も、必要になった瞬間にすぐ復元できるものではない。

農業には時間がかかる。種をまき、土を整え、水を管理し、収穫し、保管し、流通させる。その一つひとつに人と設備と経験が必要である。食料は、工場製品のように注文すれば翌月から増産できるものではない。

だからこそ、食料安全保障は平時にしか守れない。危機が来てから慌てて対策を始めても、すでに失われた農地や人材や地域の機能は、簡単には戻らない。食料自給率37%という数字は、いま現在の数字であると同時に、将来の選択肢がどれだけ残っているかを示す数字でもある。

前提を見ないまま進む社会

AI研究者としての筆者の研究の参考で言えば、これは「前提を十分に点検しないまま、内部的には合理的に見える判断が現実の制度や生活へ進んでしまう」構造にも近い。

この構造は、大規模言語モデル(AI)における構造的失敗として定義される「Premise Integrity Blindness(前提の忘却・無視)」のメカニズムと酷似している。 AIの推論だけでなく、人間社会の判断においても、未検証の前提や崩れかけた前提を見落としたまま、内部的に整合した(ように見える)合理的な判断だけが現実の制度や生活へと進んでしまう場面がある。

AIの推論だけでなく、人間社会の判断にも、前提が見えないまま結論だけが合理化される場面はある。

「輸入の方が安い」。
「市場に任せればよい」。
「消費者は安さを求めている」。
「いざとなればどこかから買える」。

これらは、それぞれ単独では完全に間違いとは言えない。しかし、その背後にある前提を点検しないまま政策や生活を組み立てれば、社会全体が前提の脆さを見落とす。

重要なのは、輸入を否定することではない。現代の食生活が国際貿易によって支えられていることも事実である。問題は、輸入がいつでも、安く、安定して、同じ条件で続くかのように考えてしまうことである。前提を見ないまま合理性だけを語ると、社会は脆くなる。食料自給率37%は、その脆さを可視化している。

食卓から考える安全保障

食料安全保障とは、単に「国産を食べよう」というスローガンではない。それは、社会がどの前提を維持するために、どのコストを負担するのかという問題である。国内農業を支えるのか。肥料や飼料の調達先を分散するのか。国内資源を活用するのか。備蓄をどう持つのか。農家が続けられる価格をどう実現するのか。消費者が負担できる価格と、生産者が続けられる価格をどう両立させるのか。

この議論を、農業関係者だけの問題に閉じてはいけない。食料自給率は、都市生活者の問題であり、消費者の問題であり、政府の政策判断の問題であり、国際情勢の問題であり、私たちの生活設計そのものの問題である。

食料自給率37%は、遠い農村の数字ではない。それは、今日の食卓がどれほど多くの条件に支えられているかを示す、生活の足元の数字である。そして同時に、「安さ」と「便利さ」の下に隠れていた前提を、私たちがどれだけ見ないできたかを映す数字でもある。

問うべきなのは、単に「国産か輸入か」ではない。本当に問うべきなのは、前提が崩れたとき、それでも私たちは食べていける社会を作っているのか、ということである。

資料・出典

  • 農林水産省「令和7年度食料自給率を公表します」
    令和7年度の食料自給率について、カロリーベース37%、生産額ベース66%、摂取熱量ベース45%と公表。カロリーベース低下の要因として、国産供給熱量の減少、米の消費量減少、民間在庫量増加などを説明。
  • 農林水産省「日本の食料自給率」
    令和7年度の食料自給率の概要、カロリーベース37%、生産額ベース66%、摂取熱量ベース45%、国産供給熱量830kcal、総供給熱量2,237kcalなどを掲載。
  • 農林水産省「食料自給率とは」
    カロリーベース総合食料自給率の定義、令和7年度の計算式、畜産物について輸入飼料を使って国内生産した分は総合食料自給率上の国産に算入しないことなどを説明。
  • 農林水産省「食料・農業・農村基本計画」
    令和7年4月11日に、改正食料・農業・農村基本法に基づく初の基本計画が閣議決定されたことを掲載。
  • 農林水産省「改正基本法に基づく初の食料・農業・農村基本計画 参考資料」
    2030年度目標として、食料自給率の供給熱量ベース45%、生産額ベース69%、摂取熱量ベース53%などを示す資料。
  • 農林水産省「我が国における農業生産資材供給の状況」
    肥料・飼料など農業生産資材について、輸入価格の高騰や原料供給国からの輸出停滞が食料安全保障上のリスクになっていることを説明。
  • 農林水産省「肥料の価格情報」
    尿素、りん安、塩化加里の国際価格、輸入量、輸入額、小売価格、肥料物価指数などの関連データを公表。
  • 農林水産省「食料安全保障とは」
    食料安全保障を、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、国民一人一人が入手できる状態と説明。国内農業生産の増大を基本とし、安定的な輸入と備蓄の確保を図ることも示している。
  • FAO “Strait of Hormuz crisis: Fertilizer scarcity will affect next harvests and food supplies, FAO warns”
    ホルムズ海峡の混乱による肥料不足が、2026年後半から2027年にかけて収量低下や食料供給の逼迫につながる可能性を警告。
  • FAO “Strait of Hormuz conflict threatens global food prices as FAO warns time is running out”
    中東紛争による高いエネルギーコストと供給混乱が、エネルギー、肥料、種子、収量低下、商品価格上昇、食品インフレへ段階的に波及する構造を説明。
  • FAO “Global Agrifood Implications of the 2026 Conflict in the Middle East”
    肥料不足とエネルギー価格上昇が作物収量を脅かし、輸入依存地域を中心に食料価格の変動を増幅し得ることを説明。
  • Reuters “Japan food self-sufficiency ratio falls to 37%, below 2030 goal of 45%”
    日本のカロリーベース食料自給率が37%に低下し、2030年度目標45%を下回ったこと、地政学的緊張下で供給途絶リスクが意識されていることを報道。
  • Hiroko Konishi, “Premise Integrity Blindness: The Discovery of a Structural Failure Mode in Large Language Models”
    PIBを、未検証または誤った前提から内部的に整合した推論が進み、現実の設計・判断へ移る際に前提を再検証しない構造的失敗として定義。本文では、社会判断を考えるための補助線として参照。

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