2026年9月16日朝、中東の戦争は「遠い国の出来事」とは言いにくい段階に入っている。サウジアラビア西岸の主要石油積み出し港ヤンブーでは原油の積み込みが停止し、欧州向けの一部9月積み原油もキャンセルされた。欧州の現物市場では一部の原油が1バレル130ドルを突破し、北海産Fortiesは136.75ドルまで上昇。先物でも9月15日の終値は北海ブレント108.75ドル、米WTI105.83ドルだった。
問題は価格だけではない。世界のエネルギーを運ぶ経路そのものが、戦争によって細っているのだ。
ホルムズの混乱が、紅海側の迂回路にまで及んでいる
今年2月28日、米国はイランに対する大規模軍事作戦を開始し、イスラエルも共同軍事行動に参加した。その後、イランはホルムズ海峡への軍事的管理を強めた。イラン側はすべての船舶を一律に止めているわけではなく、敵対国に関係する船舶を制限する一方、非敵対的な船舶には当局との調整下で通航を認めるとの立場を示している。
しかし、実際の海上交通は激減している。9月14日にホルムズ海峡を通過したコモディティ船は4隻。戦争前には1日約125隻が通過していたとされる。AIS(Automatic Identification System(日本語:船舶自動識別装置)を切った航行があるため、この数字だけで実輸送量のすべては測れないが、平時とは比較できない水準まで物流が落ち込んでいることは確かだ。
そこで重要になったのが、サウジ東部から紅海側のヤンブーへ原油を運ぶ東西パイプラインだった。ホルムズを通らず輸出できる重要な迂回路だが、そのパイプラインも攻撃を受けて停止し、さらにヤンブーでの積み込みまで止まった。ホルムズが危険になる、紅海側へ迂回する、その迂回路まで傷つく――いま起きているのはこの連鎖である。
ただし、ここでややこしいのは「誰が東西パイプラインを攻撃したのか」は慎重に扱う必要がある。一部報道ではイエメンのフーシ派による攻撃とされたが、日本政府は9月14日の官房長官会見で一度そのように説明した後、「イラクの親イラン武装組織」による攻撃だったとして公式に訂正した。Reutersも、サウジ側がイラクの武装組織による攻撃と説明していると報じている。戦争では攻撃主体の認定そのものが次の報復の根拠になるため、確定していない帰属を断定するべきではないし、現代では「偽旗作戦」ということもあるので、東西で利害が分かれる政府発表でさえ、慎重に受け取らなければならない。
イエメンとイラン、それぞれの公式説明
一方、フーシ派自身はサウジへの軍事攻撃を否定していない。軍報道官ヤヒヤ・サリーは9月14日、サウジ南西部ハミース・ムシャイトのキング・ハリド空軍基地に多数の弾道ミサイルと無人機による攻撃を行ったと発表し、航空機格納庫やレーダー、滑走路などの軍事施設を標的にしたと説明した。攻撃理由については、サウジによるイエメン空爆への報復としている。
これに対してサウジ主導連合は、フーシ派の攻撃でハミース・ムシャイト、アブハ、ターイフの民間地域にも被害が及び、13人の民間人が負傷したと発表した。フーシ派側は「軍事施設への報復」を強調し、サウジ側は「民間被害」を強調している。双方の説明は一致していない。
イラン外務省も9月14日、イランはイエメン情勢に介入しておらず、アンサール・アッラーは自らの利益に基づいて判断する独立した主体だとの立場を示した。もちろん、これはイラン政府自身の説明であり、軍事技術や物資支援の有無とは別問題である。米国や湾岸諸国はイランの支援を長年指摘してきたが、「親イラン」という表現をそのまま「イラン政府がすべての作戦を直接命令している」と読み替えるのも正確ではない。
さらにイエメン国内にも一つの公式見解しか存在するわけではない。サウジアラビアが支援する大統領指導評議会(PLC)側のイエメン政府は、9月16日、フーシ派による西海岸やバブ・エル・マンデブ方面での軍事的拡大について、地域の安全、航行の自由、エネルギー供給、世界貿易への脅威だと表明した。国連も9月15日の安全保障理事会で、フーシ派の紅海沿岸での前進や島嶼掌握に関する報告に触れている。ただし現時点では、紅海の商業船舶交通そのものが大きく阻害されているとはしていない。危険なのは、すでに混乱しているホルムズに加え、別の主要航路まで戦場に近づいていることだ。
戦争の始点を途中で切りとらず事実を読み取る
現在の石油危機だけを見ると、「イランがホルムズを制限した」「フーシ派がサウジを攻撃した」という地点から話が始まりがちだ。しかし時系列を戻せば、米国防総省は2026年2月28日、大統領命令によって対イラン軍事作戦「Operation Epic Fury」を開始したと記録している。ホワイトハウスも同日、対イラン大規模戦闘作戦の開始を公表し、イスラエル首相府もその後、米国とイスラエルによる共同軍事行動と表現している。
イランはこれを米国・イスラエルによる侵略と位置づけ、その後の軍事行動やホルムズでの措置を自衛や報復として説明している。だからといって、その後の船舶制限や民間航行に影響する行動が自動的に正当化されるわけではない。逆に、ホルムズの混乱だけを切り取り、その前段にある戦争開始を消してしまうのも事実関係を歪める。戦争の因果は、都合のいい地点から始めてはいけない。
そして、我々日本の生活に戻ってくる
日本は原油の9割以上を中東に依存している。2025年には原油輸入のおよそ94%が中東産で、その大部分がホルムズ海峡を通っていた。政府は今回の危機を受け、国家備蓄の放出、民間備蓄義務の引き下げ、ホルムズを通らない原油の調達などを進めてきた。2月時点では約8か月分の石油備蓄を保有し、6月には一定水準の調達が維持できれば備蓄を使って2027年度中の供給を確保できるとの見通しも示していた。
だが、その前提は9月に崩れ始めている。ホルムズを避けるためのサウジ東西パイプラインが止まり、ヤンブーでの積み込みまで停止した。数か月前には安心材料だった迂回路が、新たな戦争リスクの対象になったのである。
外交、戦争、石油、物価、家計は別々のニュースではない。軍事攻撃が起き、報復が続き、海峡の通航が制限され、船会社が航行を避け、保険料と輸送費が上がる。原油価格が上昇すれば、燃料、物流、電気、ガス、食品へ順番に波及し、最後に家計へ届く。遠い戦争が突然、日本の生活に入り込んだのではない。何段階もの政治判断を経て、ここまでつながっている。
ここで問うべきは、「政治に無関心だった国民が戦争を起こした」と単純化することではない。軍事作戦を命じた政府、攻撃や報復を決めた各国の政治指導部や武装勢力には、それぞれ直接の責任がある。一方で、民主社会に暮らす側にも問いは残る。外交政策、軍事同盟、エネルギー政策、石油依存、備蓄、再生可能エネルギー、安全保障を、私たちは日常の生活費と結びついた問題としてどこまで監視してきただろうか。
2026年2月の衆議院選挙の全国投票率は56.26%だった。投票しなかった人を一括して「政治に無関心」と決めつけることはできないし、政治参加も投票だけではない。それでも、ガソリン代や電気代が上がってから初めて外交やエネルギー安全保障を見る社会でよかったのか、という問いは残る。
日本は二度のオイルショックを経験している。それでもなお、原油の9割以上を中東に依存している。今回の危機で検証すべきなのは、次にどこから原油を買うかだけではない。長年続いてきた政策を誰が決め、誰が監視し、誰が関心を失ってきたのか。政治を生活から切り離して考えてきた社会のあり方そのものが、いま改めて問われている。
政治を見なくても、政治の結果から逃れることはできない。引き続き、ANALOGシンガーソングの記事は常に正論でお伝えする。
資料(出典)
・Reuters、2026年9月15日。ヤンブーでの原油積み込み停止、欧州向け一部カーゴのキャンセル、原油価格、東西パイプライン停止について。
・Reuters、2026年9月15日。欧州の一部現物原油が1バレル130ドルを超えたことについて。
・Reuters、2026年9月15日。ホルムズ海峡の船舶通航減少について。
・首相官邸、2026年9月14日官房長官会見。サウジ東西パイプラインへの攻撃主体に関する訂正。
・フーシ派軍報道官ヤヒヤ・サリー、2026年9月14日声明。キング・ハリド空軍基地への攻撃について。
・サウジ主導連合、2026年9月14日発表。民間人被害について。
・イラン外務省、2026年9月14日記者会見。イエメン情勢とアンサール・アッラーに関する政府見解。
・イラン国営通信IRNA。ホルムズ海峡の船舶通航に関するイラン側の説明。
・イエメン国際承認政府外務省、2026年9月16日声明。西海岸・バブ・エル・マンデブ情勢について。
・国連政治・平和構築局、2026年9月15日安全保障理事会説明。イエメンと紅海情勢について。
・米ホワイトハウス、米国防総省。2026年2月28日の対イラン軍事作戦開始に関する公式発表。
・イスラエル首相府。米国・イスラエルによる対イラン軍事行動について。
・経済産業省・資源エネルギー庁。日本の中東原油依存度、石油備蓄、供給対策について。
・2026年衆議院議員総選挙全国集計。全国投票率56.26%。
