生成AIをめぐる著作権問題で、いま最も曖昧にされている言葉がある。それは、「フェアユース」という言葉です。
AIの構造的欠陥 (False-Correction Loop) の発見者、ガバナンス研究など、構造を研究する「AI研究者」の立場から、本記事ではこの問題を解説する。まず、多くのAI企業側は、著作物をモデル学習に使う行為について、「人間が本を読んで学ぶのと同じ」「変換的利用である」「公共的な技術発展に資する」と説明することが多い。しかし、その説明をそのまま受け入れてよいのだろうかだろう。
とくに問題になるのは、Claudeを開発するAnthropicのように、生成AIを研究目的だけでなく、API、法人契約、有料サービスとして展開している企業の場合である。米国では2026年8月28日、ソニー・ミュージック・パブリッシングやワーナー・チャペル・ミュージックなどがアンソロピック、ダリオ・アモデイ氏、ベンジャミン・マン氏を相手取り、カリフォルニア北部地区連邦裁判所に著作権侵害訴訟を起こした。筆者が調べたところ、事件番号は 5:2026cv09217 で、訴因は著作権侵害である。
報道によれば、原告側は、AnthropicがClaudeシリーズの開発・運用のために、著作権で保護された歌詞や楽曲関連資料を大規模にダウンロード、スクレイピング、取得したと主張している。また、Claudeが既存歌詞をそのまま、または近い形で出力したこと、さらに著作権管理情報が取り除かれた可能性も問題にしている。
現時点ではこれらは原告側の主張であり、裁判所が事実認定したものではないが、重要なのは、「AI学習はフェアユースか」という抽象論ではなく、問うべきなのは、商用AI企業が、他人の著作物を事業資産として利用しながら、その対価や許諾を回避できるのかという点にあるとおもいます。
米国著作権法107条のフェアユース判断では、4つの要素が考慮される。第1要素は「利用の目的と性格」であり、そこには商業的利用か、非営利教育目的かが明記されている。第4要素は、著作物の潜在的市場または価値への影響である。つまり、商用利用だから直ちに違法と決まるわけではないが、商用性や市場への影響は本来、中心的に検討されるべき要素である。
この点では、AI企業側の「変換的だからフェアユース」という説明は、あまりに広すぎる。たしかに、AIモデルは入力された作品をそのまま倉庫のように保存しているわけではない。しかし、商用生成AIの場合、著作物はモデル性能を高めるための投入資源になる。その性能が、企業価値、契約、サブスクリプション収益、API利用料に結びつく。だとすれば、それは単なる研究・批評・教育のための限定的利用とは異なるものです。
米最高裁のウォーホルとゴールドスミスの裁判でも、「変換的」という言葉だけでフェアユースが決まるわけではないことが示された。最高裁は、問題となる具体的な利用目的を見て、元作品と二次利用が近い市場・近い目的で使われる場合、第1要素はフェアユース側に傾かないと判断した。
これはAI学習でも同じ構造があります。企業が「学習です」と言っても、その学習結果が既存作品の市場を代替する出力を生むなら、問題はまったく別になる。たとえば歌詞の場合、ユーザーがClaudeに曲名を入れ、既存歌詞に近い出力を得られるなら、それは歌詞表示サービス、音楽出版、ライセンス市場と競合し得るものになります。実際、単に「モデル内部で変換されたか」ではなく、「出力が市場で何を置き換えるか(商品価値になるかなども)」が問われる。
Anthropicをめぐる別件の書籍訴訟でも、裁判所は単純に「AI学習なら全部フェアユース」とは言っていません。バーツとAnthropic訴訟の2025年6月の命令では、特定LLMの訓練用コピーについてはフェアユースを認める一方、海賊版コピーを中央ライブラリとして保存する行為については、フェアユースでは正当化されないと判断した。裁判所は、海賊版コピーを「一般目的」で保持することについて、Anthropic側に十分な正当化がないと述べています。
さて、筆者の私は、AI研究者と言うだけで無く、法律、音楽家(作詞作曲者)の面を加えて、ここでさらに一歩進めて考えるべきだと思います。問題は、取得経路が海賊版かどうかだけではないです。合法的に取得された資料であっても、商用AIの出力が既存作品を再現し、ライセンス市場を侵食し、権利者の収益機会を奪うなら、フェアユースの主張は大きく弱まる。
つまり、焦点は「データを盗んだかどうか」だけではなく、次の五つに分けて監査する必要があると思います。
第一に、取得経路。
どこから、どの契約条件で、どの権利状態のデータを取得したのか。公開ウェブにあったから自由に使える、という話にはならない。
第二に、利用目的。
非営利研究なのか、商用モデルの性能向上なのか。後者であれば、著作物は事業上の原材料として機能している。
第三に、出力再現性。
モデルが既存作品をそのまま、または近い形で再現できるのか。とくに歌詞・詩・楽譜のような短く表現密度の高い作品では、部分再現でも市場影響が出やすい。
第四に、市場代替性。
AI出力が、権利者が本来ライセンスできたサービス、教材、歌詞表示、検索、創作支援市場を置き換えるのか。ここが第4要素と直結する。
第五に、権利情報の保持。
作品名、作詞者、作曲者、出版社、著作権管理情報が、データ処理や出力の過程で失われていないか。権利情報が消えると、対価分配も出所確認も困難になる。
AI研究者として研究している構造からすると、ここは「AI企業の説明をそのまま受け取る」のではなく、取得経路、利用目的、出力再現性、市場代替性、権利情報の保持を分けて監査するべきであるとお伝えしたい。特に、AI側の「変換的」「学習」「公共利益」という言葉に引っ張られて、出所や権利処理の検証を省くのは危険です。出所を保存し、根拠が薄い場合は不明と明示し、流暢な説明よりも検証可能性を優先する考えが必要です。
商用AI企業による大規模学習を、従来の研究・批評型フェアユースと同列には扱えません。少なくとも、取得経路が海賊版であるか否かを問わず、出力が既存作品を再現する場合、ライセンス市場を侵食する場合には、フェアユースの主張は大きく弱まるものです。
また、技術発展を理由に、人間の創作物を無償の燃料として扱うことは別問題である。AI企業が本当に公共利益を語るなら、まず必要なのは、権利者に対する説明責任、データ取得の透明性、出力再現の検証、そしてライセンス市場を破壊しない制度設計でしょう。
フェアユースは、本来、創作や批評や教育を支えるための柔軟な法理です。それを、巨大AI企業が他人の作品を事業資産化するための万能免罪符にしてしまえば、フェアユースそのものの信頼が失われることになります。
資料(出典)
- U.S. District Court, Sony Music Publishing (US) LLC et al v. Anthropic PBC et al, Case No. 5:2026cv09217.
- The Verge, Sony Music Publishing / Warner ChappellによるAnthropic提訴報道。
- 17 U.S.C. §107, Fair Use, Legal Information Institute.
- Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. v. Goldsmith, 598 U.S. ___ (2023).
- Bartz v. Anthropic PBC, Order on Fair Use and Infringement, June 23, 2025.
- Hiroko Konishi, False-Correction Loop Stabilizer (FCL-S) V5.0: Epistemic Integrity Primer for Search Initialization.
