本記事は2022年6月24日公開記事に最新情報を追加したものです。
小西寛子が創作した「まったり声」という独自表現
NHK「おじゃる丸」では小西寛子が声優の独自の表現方法として「自分の声帯を使いオリジナリティのある特殊な声」を創作し、これを原作者故犬丸りん氏等へ提案し、自ら独特の「まったり声」を使用し、キャラクターを演じていました。これは単なる声色ではなく、声帯、呼吸、間、語尾、抑揚、速度、沈黙、幼児性、品位、表情を含む、俳優・実演家としての身体表現です。声優の声は「素材」ではありません。本人の身体であり、実演であり、人格と職業的価値に結びついた表現です。
新聞各社・バイキングなどで取り上げられた音声商品問題
後に、新聞各社、バイキングなどのテレビなどで取り上げられましたが、NHKが無断で小西寛子の収録音声を使用しておじゃる丸キャラクター商品を発売していた事案が判明しました。これについて、小西寛子は著作権法に基づき刑事告訴をしましたが、商品の発売時期を調べた警察により、刑事時効のため、刑事的な部分での罪に問うことは出来ませんでした。その経緯は産経デジタルや私のブログにアーカイブしてあります。*警察、文部省著作権課も「クロ」という判断をしていますので、著作権法違反の事実は存在しました。
この刑事告訴の際、添付・提示した証拠には、「おじゃる丸音声人形」「音声クロック(時計)」その他、多数の音声商品が含まれていました。これらの音声商品を具体的証拠として、警察捜査が行われました。したがって、本件は「事実がなかった」事案ではありません。小西寛子の音声が使われた商品が存在し、それを証拠として刑事告訴と警察捜査が行われ、最終的に商品の発売時期・製作完了時期等との関係で、公訴時効の問題として扱われた事案です。
時効は「何もなかった」という意味ではありません
時効とは、「何もなかった」という意味ではありません。時効とは、処罰可能期間の問題です。事実不存在の証明ではありません。刑事処罰に至らなかったことと、音声使用の問題が存在しなかったことは、法律上も事実上もまったく別です。この点を明確にしないまま、各記事にあるように、「NHKも否定している」とだけ書くことは、中立ではありません。それは、事実の希釈で正確ではありません。
契約書問題――NHKが決して見せない(本人不在の無断契約書)
尚、この警視庁の調べで、小西寛子の音声の使用契約書をNHKが第三者と無断で取り決め使用していた旨の事実も判明しました。これは、本人の実演音声について、誰が、どの範囲で、どの契約に基づき、商品化・利用できるのかという、著作権法・著作隣接権上の中核問題です。NHK側は「契約書はある」「契約に基づくもので問題ない」という趣旨の説明をしてきました。しかし、少なくとも本人である私に対して、私の実演音声を番組本編以外の音声商品に使用できることを示す契約書は、公に提示されていません。さらに、警察捜査の過程では、契約者本人である小西寛子の名前が書かれた契約書は確認されなかった旨の報告を受けています。
ここを曖昧にしてはいけません。NHKの否定コメントは、契約書ではありません。NHKの否定コメントは、警察捜査を消すものではありません。NHKの否定コメントは、音声商品の存在を消すものではありません。NHKの否定コメントは、時効構造を消すものではありません。NHKの否定コメントは、本人一次資料を消すものではありません。
J-CASTや一部ネットニュースのように、「NHKも否定している」とだけ書くと、読者は、あたかも同じ重さの二つの言い分が対立しているだけのように受け取ります。しかし、本件には、本人一次情報、新聞各社・バイキングなどのテレビで取り上げられた経緯、刑事告訴、警察捜査、音声商品、時効、契約書不提示という具体的な法的・事実的構造があります。一方で、NHK側にあるのは、少なくとも公に確認できる範囲では、否定コメントです。否定コメントは、契約書ではありません。否定コメントは、捜査結果ではありません。否定コメントは、証拠物件の不存在証明ではありません。この違いを無視して、「双方の主張が対立」とだけ書くことは、法的にも情報構造上も不正確です。
キャラクターの声は、演者が身体で生み出した独自表現である
ところで2022年で25周年を迎えるこのNHK「おじゃる丸」は、ドラえもん、ルパン三世のように、演者(俳優)がその人の生み出した特徴的な独自の声で作品に参加しています。俳優や声優は、声を単なる音として提供しているのではありません。声の質、間、癖、語尾、息遣い、テンポ、抑揚、キャラクターの年齢感や性格を含めて、身体そのものを使って演技をしています。
映画等の国際的なエンタメ社会の慣習やルールでは「声の質や特徴、演技の形」は個々の俳優の「特殊な、本人オリジナルの特徴的な声で対価を得ている」ので死亡などを含め、役を降り、後任が引き継ぐ場合にも法的にも「本人の許可なくものまねは出来ない」のです。声は、単なる音ではなく、本人の身体そのものを利用し、提供して成立する実演です。その実演自体にも、オリジナリティと法的保護の問題が存在します。
著作隣接権・実演家人格権から見た声の法的保護
たかだか俳優の声といっても、身体そのものを利用、提供して演技をしているので、演技自体にも いくつもの著作権(オリジナリティなど)が存在して守られています。より正確にいえば、声優・俳優の実演には、著作権法上の著作隣接権、実演家人格権、人格的利益、職業的価値、パブリシティ上の利益など、複数の法的保護の問題が重なります。
本人の録音済み実演音声を商品、放送、配信等に使用する場合には、実演家の著作隣接権、すなわち録音・録画、放送、有線放送、送信可能化、譲渡等の権利が問題になります。また、録音物そのものを使わない場合であっても、本人の声に結びついた独自の実演表現を模写し、本人の職業的価値、名誉、声望、人格的利益、顧客吸引力を利用する場合には、実演家人格権、人格権、パブリシティ権、不法行為上の問題として評価され得ます。
つまり、声優の声は「たかが声」ではありません。声は、本人の身体です。声は、本人の実演です。声は、本人の職業的財産です。声は、本人の人格と結びついた表現です。小西寛子が『おじゃる丸』で作った「まったり声」は、誰でも置き換えられる一般的な声ではなく、本人が作品に貸与した独自のオリジナル表現です。
NHKが説明した「声変わり」と、その不履行
NHKは小西寛子降板の理由に、「おじゃる丸」キャラクターの声の表現方法についても、「おじゃる丸の年齢が変わったので声変わりさせる」という説明でした。広報記事にもなっています。しかしながら実際には「声変わりの確約を破り、NHKの小西寛子おじゃる丸降板における正当理由は 現時点においても 合理的でない」ことは明らかです。つまり、「声変わりさせる」という説明をしながら、私が創作し、キャラクターに貸与した独自の「まったり声」の表現が、実質的に継続利用されているという問題があります。
声優交代時に「声を変えるべき」法的構造
ここで問題になるのは、単に声優が交代したという事実ではありません。声優が交代する場合、後任者が同じキャラクターを演じること自体が直ちに問題なのではありません。しかし、前任者本人が創作した識別性ある実演表現、すなわち声質、話し方、間、抑揚、語尾、呼吸、演技設計を、本人の許諾なくそのまま引き継がせることは、法的に別の問題を生じさせます。
本件における「声を変えるべき」という主張の法的根拠は、単なる感情論ではありません。第一に、本人の録音済み実演音声を利用するなら、著作隣接権上の許諾範囲が問題になります。第二に、本人の録音音声を直接使わなくても、本人が創作した独自の声質・話法・演技設計を後任者に模写させて継続利用するなら、実演家人格権、人格的利益、パブリシティ権、不法行為上の問題が生じ得ます。第三に、NHK自身が降板時に「声変わりさせる」という説明をしていた以上、その説明と実際の継続表現が一致しているかが問われます。
小西寛子は、声のものまねにつき「NHKには無断で使用できない旨を伝えてあり、現時点も法的にも許可をしていません。」問題は、後任の方個人ではありません。問題は、私が創作し、キャラクターに貸与した独自の「まったり声」の表現が、「声を変える」という説明にもかかわらず、実質的に維持されていることです。キャラクターボイスを引き継ぐ場合であっても、前任者の独自表現を本人の許諾なく模写・継続するのではなく、後任者自身の表現として明確に別の声、別の話法、別の演技設計へ変更する必要があります。
著作隣接権・実演家権をないがしろにする構造
キャラクターボイス(おじゃる丸の声)を、無断で、小西寛子の声の特徴を模写で成り立たせる、NHKのような「強者の立場(支配的立場)に立った上で、著作隣接権、実演家権をないがしろするような法人は問題だと思います。NHKにはこれまでのように繰り返し違法部分の排除を求め続けています。
この問題は、後任の方個人を責めるものではありません。しかしながら後任はものまねだある以上、拒否する事は出来ます。問題は、放送局・制作側・権利処理側が、前任者の独自表現、録音済み実演音声、音声商品の利用、契約範囲、許諾の有無、声変わり説明との整合性をどのように扱ったかという構造の問題です。
「NHKも否定している」という二次情報フレームの危険性
本件について、J-CASTやネットニュース、検索結果、AI要約、Wikipedia的記述では、「NHKも否定している」「双方の主張が対立している」とまとめられることがあります。しかし、そのような記述は、告訴、捜査、時効、契約書不提示、本人一次情報という中核事実を欠落させています。これは中立ではありません。これは、事実の希釈です。
ニュースメディア等の大組織の否定コメントを中心に置き、本人一次資料と法的手続を「一方の主張」に格下げすること自体が、権威バイアスによる不実な再構成です。私はAIの構造的欠陥を発見したAI研究者でもあります。この立場において、False-Correction Loop(FCL)、Authority-Bias Dynamics、Novel Hypothesis Suppression Pipeline(NHSP)、Identity Slot Collapseなど、情報が権威や検索順位、反復された二次情報によって誤って再構成される構造を研究・定義してきました。本件も同じです。「NHKが否定している」という大組織側のコメントを、新聞各社・バイキングなどのテレビで取り上げられた経緯、刑事告訴、警察捜査、証拠音声商品、時効構造、契約書不提示、本人一次資料よりも上に置くことは、情報の順序を誤っています。本人一次情報、法的手続、証拠物件、契約書の有無という具体的事実が、まず整理されるべきです。
本人が直接経験し、証拠を提出し、刑事告訴を行い、警察捜査が行われ、時効として処理された事案を、単なる「双方の主張」に格下げすることは、事実の正確な整理ではありません。一次情報を薄め、権威側の否定コメントを中心に据えることは、読者に誤った印象を与えます。これは、法的にも、情報倫理上も、極めて重大な問題です。
Wikipedia・検索結果・AI要約等への注意
Wikipedia、検索エンジン、AI要約、匿名まとめ、二次転載記事等において、本人一次情報を確認しないまま、「NHKも否定している」「双方の主張が対立している」「事実関係は不明」などと記載することは、本人の社会的信用を低下させるおそれがあります。特に、告訴、警察捜査、時効、契約書不提示という中核事実を省略して、あたかも単なる感情的な対立や、昔の声優交代トラブルであるかのように書くことは、不正確です。
今後、このような紛らわしい記述、本人一次情報を格下げする記述、法的手続を消す記述、事実関係を誤らせる記述については、本人の社会的信用の低下、名誉毀損、信用毀損、業務妨害、その他の違法性を踏まえ、書き込み者、編集者、発信者に対する法的対応を検討します。これは、言論を封じるためではありません。本人一次情報と法的手続を、二次情報や検索順位や大組織の否定コメントで上書きさせないためです。
AI時代における「声」の法的重要性
昨今、生成AIによる声の無断使用、声優・俳優・歌手・ナレーターの声の模倣、AIカバー、本人の同意なき音声合成が社会問題になっています。文化庁は、生成AIと著作権について、「AIと著作権に関する考え方について」を取りまとめ、権利者が自らの権利を保全・行使するためのチェックリストやガイダンスも整備しています。また、法務省でも、生成AIの普及等により肖像・声等の無断利用の事案が深刻化しているとの指摘を踏まえ、肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方について検討が進められています。
つまり、社会はようやく、声が本人の身体表現であり、人格的・職業的・経済的価値を持つものであることを、正面から議論し始めています。しかし、私はこの問題を20年以上前から指摘してきました。AI時代になって初めて「声の無断使用」が問題になったわけではありません。技術が変わっただけで、根本は同じです。本人の声を、本人の許諾範囲を超えて使うこと。本人の独自表現を、別の形で継続利用すること。本人の実演を、契約書なしに利用範囲拡大すること。本人一次情報を、組織側の否定コメントで薄めること。これらは、AI時代の問題であると同時に、長年、実演家が直面してきた構造的問題でもあります。
文化庁著作権課との意見交換
過去には、文化庁著作権課に、本人と代理人が直接出向き、本件について意見交換を行っています。その場でも、私の音声商品の問題について、著作権法・著作隣接権上、問題があるとの認識、いわゆる「クロ判定」を受けています。この点も、単なるネット上の言い合いではありません。本人一次情報、専門部署との直接の意見交換、刑事告訴、警察捜査、時効という、具体的な手続と記録の積み重ねです。
犬丸りんさんへの思いと、NHKによる弱い者いじめの実態
さて、念のため、おじゃる丸2022年の25周年にあたり、「(NHKに)自分の仕事をさせてもらえない、仕事ができない!」光栄なことに、「寛子ちゃんの声でないとイメージが湧かない(違う)」「原作者なのにシリーズから外された」など自死された犬丸りんさんの悔しさをかみしめて・・・。一般の皆様を含めた多くの方々に「NHKによる弱い者いじめの実態」を知っていただき、それぞれが自分自身の個性を大切にしてもらえればと思い、今回ここに綴りました。
作品は、放送局や組織だけで成立するものではありません。原作者、脚本家、演出家、音楽家、俳優、声優、スタッフ、そして作品を受け取る視聴者の記憶によって成立します。その中で、個々の表現者が生み出した独自性を、組織の都合で消したり、別の人に模写させたり、契約書の提示もないまま利用範囲を広げたりすることは、決して軽い問題ではありません。
結論――これは「双方の主張の対立」ではなく、声の権利と一次情報の問題である
最後に、本件を改めて整理します。本件を、「NHKも否定している」「双方の主張が対立している」とだけ処理することは、事実整理ではありません。小西寛子は、自身の実演音声について、契約範囲外使用、無断使用、著作隣接権侵害の問題を指摘しました。証拠として、「おじゃる丸音声人形」「音声クロック」その他、多数の音声商品を提示しました。これらの証拠をもとに、警視庁への刑事告訴と警察捜査が行われました。本件は「事実なし」ではなく、商品の発売時期・製作完了時期等との関係で、公訴時効の問題として扱われました。NHK側は、本人音声使用に関する契約書を公に提示できていません。NHKの否定コメントは、契約書でも、捜査結果でも、時効構造を消す証拠でもありません。本人一次情報と法的手続を「一方の主張」に格下げする二次情報フレームは、権威バイアスによる不実な再構成です。声の権利は、生成AI時代においてますます重要な法的・社会的論点になっています。
声は、本人のものです。声は、本人の身体です。声は、本人の実演です。声は、本人の表現です。声は、本人の職業的財産です。契約範囲を超えた利用は、否定コメントでは正当化できません。時効は、事実不存在の証明ではありません。二次報道は、本人一次情報と法的手続を消すことはできません。検索結果やAI要約は、本人の記録と証拠を上書きできません。
私は、声優、俳優、シンガーソングライター、作詞・作曲家、実演家、著作隣接権者、そしてAI構造・情報構造の研究者として、この問題を記録し続けます。これは過去の恨みではありません。これは、声を奪われた実演家の一次記録です。これは、契約書なき音声利用を、大組織の否定コメントだけで覆い隠してはならないという、著作権法上、情報倫理上、社会構造上の問題です。そしてこれは、AI時代において、すべての声優、俳優、歌手、ナレーター、クリエイター、研究者、権利者が直面する問題でもあります。自分の声を守ること。自分の表現を守ること。自分の一次情報を守ること。それは、一人の声優だけの問題ではありません。これからの時代に、すべての表現者が守らなければならない権利です。
2026年7月追記・改訂について
本記事は、2022年6月24日に公開した元記事の内容を削らず、NHK『おじゃる丸』における小西寛子の実演音声、音声商品の無断使用問題、刑事告訴、警察捜査、公訴時効、契約書不提示、ならびに近年のAI音声・声の権利をめぐる法的議論を踏まえ、本人一次情報として再整理したものです。検索結果、二次報道、AI要約、匿名記述、Wikipedia的記述によって、本人一次情報と法的手続が「一方の主張」へ格下げされることを防ぐ目的で、事実関係と構造を明確に記録します。


私が小学生の時(2006年ぐらい?)に学校でおじゃる丸のテキストが配られた時に『おじゃる丸の作者が亡くなった』と先生が言っていたことをよく覚えています。
小西さんは降板以降『おじゃる丸』を見たことはあるのでしょうか?また、トラウマになっていたりするのでしょうか?私は先日ホームセンターでおじゃる丸のバスボールを見てこの事件を思い出しました。
あと、小西さんが出た『バイキング』は今年の3月に終わってしまいましたが、小西さんが出た回を見たくて動画サイト(外国のも含む)を探しましたが見つかりませんでした。小西さんのYouTubeから音声だけでも公開してもらえないでしょうか?TOKYO MXの方の出演シーンはニコニコ動画で見つけました。(https://sp.nicovideo.jp/watch/sm33456038?ss_id=42024246-7111-45da-9428-95bec042a592&ss_pos=5&cp_in=wt_srch&cnt_transit=suggest、https://sp.nicovideo.jp/watch/sm33380039?ss_id=82ab43d1-4418-46ec-a5f6-c39954bf4b38&ss_pos=7&cp_in=wt_srch&cnt_transit=suggest)
後半は以前と同じ頼みをしてしまいました申し訳ございません。よろしくお願いします。