生徒30人強、教職員40人弱―「SOSを消した校長」と小規模特認校の奇妙な日常
青梅市から、編集部に回答延期の連絡が入った。
前回記事、令和8年6月23日付で大勢待利明青梅市長に送付した「青梅市長宛て文書取材申入書」について、青梅市市民安全部市民安全課市民相談係は、次のように回答した。
現在決裁中のため、回答につきましては、今しばらくお待ちいただきますようお願い申し上げます。
本件で編集部が市長に問うたのは、単純なことだ・・・。
教師からのいじめ被害を受けた中学生本人を、教育委員会は直接事情聴取したのか。録音などの一次資料を、誰が、どのように評価したのか。そして、なぜ生徒のSOSはGoogle Classroomから削除されたのか・・だ。
回答期限は1週間であり、それでも尚青梅市は、いま「決裁中」である。
余談だが、今回「X」を通じ大勢待市長に取材の書類を送付したことをポストした。それに対してのレスはなく、決済中であるというメールが来た後、市長のXを見ると、私が送付して以来更新されていなかった市長のXは、久しぶりにポストされていた。当然のことだが返信はありませんでした。
ならば、決裁を待つ間に、現地取材で見えてきたものを書いておきたい。

さて、今回のいじめ事案が起きた中学校は、東京都青梅市の山あい、埼玉県飯能市南高麗にも近い地区にある。周囲は山に囲まれ、田園と住宅が点在する。同青梅市立N中学校は、市内全域から通学できる小規模特別認定校であり、学校自身が森林、ホタル、ビオトープ、地域連携、少人数教育を特色として掲げている。学年定員は20人とされる。
学校案内に描かれるのは、穏やかで、人の目が届き、地域に見守られた小さな学校だ。しかし、A君が受けた現実は、その外観からはまったく想像できない。

いじめ事件の概要を振り返る
A君は、当時吹奏楽部に所属しており、進級時に外部の楽団にステップアップすることを決意したという。この楽団への入団によって、次年度の部活動の継続ができなくなることなどを顧問の音楽教諭に事前に相談した上で、楽団の体験見学会の参加についても了承を得て参加していた。ところが、新入生の勧誘プランを計画していた音楽教諭は、4月から楽団に入る予定であることを知っていた。
しかしながら、新入生の勧誘プランなどを計画していた音楽教諭は、A君の退部が気に入らなかったのか、A君を応接室に呼び出し、罪悪感を抱かされるように何度も強く責め、A君は、大声であざ笑われたり罵られたりして恐怖させられ、本心ではないことを言うように強く恫喝され、言うことを聞くように叱責された。
その後、A君はそのまま音楽室へ移され、複数の部員の前で、応接室で強要された、謝る必要のないことについて無理矢理謝罪させられた。
常軌を逸した音楽教諭のけたたましい罵声に、録音音声に残された「ガハハハハ!・・・」と泣いているA君の横で恐怖の笑い声
A君は言わなくて良いことを言わされ、屈辱で耐えられず「泣き崩れた・・・。」
それでも音楽教諭は、泣いているA君に対して「オイA!」「ガハハハ・・・」など、第三者が聞いてもまるで常軌を逸した声で(録音)笑いながら強い言葉を重ね、A君を追い詰めた。
さらに同教諭は、部員たちの面前で順位付けし、「部の中で一番上手いのは○○」と2番は○○、(前回記事でA君に「○ね、ウザい!」「盗聴器を見せびらかされた」等と言った子ら)を示し、3番は○○、・・・最後にビリは「Aだな」といった趣旨の発言をし、「楽団の選抜メンバーに選ばれないかもよ」「ダメだったら戻っておいで」などと著しくA君を侮辱し、晒し上げた。
これは単なる「指導上の行き違い」や「教育的指導」ではない。
客観的に、成人教員が、未成年の生徒を恐怖と萎縮の状態に置き、本心ではないことを言わせ、本人の意思に反する謝罪をさせ、複数の生徒の前で屈辱を与えた事案である。編集部は、当日の音声を確認している。音声は、音楽教諭による恫喝的な叱責、「常軌を逸したあざ笑い」(後日音声を公開)を交えた心理的圧迫、そして本人の意思に反する謝罪の経過を確認した。教育委員会には提出されていない音声を含め、編集部スタッフも内容を全て確認。
生徒本人不在(未聴取)の報告書
ところが、青梅市教育委員会は令和8年6月4日付回答書で、音楽教諭による威圧や謝罪強要を認めなかった(不実の行政文書作成)。さらに、A君が学校生活上の被害、事実と異なる説明、教育委員会回答への異議をGoogle Classroomに書いたところ、そのSOS投稿は校長によって削除された。
*尚、青梅市教育委員会は令和8年6月4日付回答書が、生徒本人への聴取がなされないまま一方的に作成されたことを認め、令和8年7月16日、青梅市役所教育委員会にてA君の事情聴取をするとの事。(新聞等、取材は当日保護者とご本人がお受けするとの事です)
「一人一人を大切にする教育」を掲げる学校で、なぜ、助けを求めた一人の生徒がここまで追い詰められ、そのSOSまで消されるのか?
その学校とは、どんな場所なのか・・・・。

山と川に囲まれた「小規模特認校」
当該事件の小規模特認校の青梅市内の中学校は、埼玉県に近い森林に囲まれた地域にある。
学校公式サイトは、夏にはグラウンドにホタルが舞い、四季の花と緑に囲まれた自然環境を学校の特色として紹介している。近年は学区域の生徒減少を受け、市内全域からの入学を認める小規模特別認定校制度を導入し、少人数を生かした「特色ある教育活動」に取り組むとしている。
そして、地域柄か、地域との交流行事も多い・・・・。学校は、地域行事、ボランティア、自然学習、ホタルの観察、地域住民と連携した教育活動を発信している。2024年には、生徒38人の小規模校として、地域住民がつくったビオトープを活用したホタル学習も紹介された。取材班が訪れた場所は、川を渡って学校へ向かう風景には、確かに独特の風情がある。
生徒30人強、教職員40人弱という不思議な違和感
編集部が現地取材でまず強く感じたのは、学校規模と大人の数の対比だった。生徒数は30人強。一方で、学校には教員・職員が相当数配置されている。取材班が把握した範囲では、教職員数は生徒数を上回る水準に見える。もちろん、特別支援、少人数指導、行政配置、兼務等を含めれば、単純比較はできない。
だが、外から見れば不思議な学校だ。世間では「教員不足」が語られる。それでも、この山あいの小規模校には、多くの大人が集まっている。本来ならば、生徒一人一人の困りごとに、誰よりも早く気づける環境のはずである。それなのに、A君は、因縁のような叱責を受け、畏怖し、本心ではない謝罪をさせられた。A君は、学校にSOSを書いた。A君は、不登校になった。A君は、それでも試験を受けに学校へ向かった・・・・。それでも、そのSOSの投稿は削除された。
大人が多いことと、子どもが守られることは、同じではない。本件は、そのことを突きつけている。
「セレブな保護者?!」取材班が保護者と間違えた校長
数日間、編集部は現地で学校の出入りを取材した。多くの教職員が7時台に出勤する中、校内がほぼ動き出したころに、ほぼ毎日8時過ぎに特徴的な車とともに姿を現す人物がいた。
取材班が最初に見たとき、保護者か、地域の来賓か、あるいはゲスト来賓者かと思った。後に、A君から聞いてその人物が校長だと分かった。目立つ色の車。華やかな服装。一昔前なら、当時人気のあった塾講師の「佐藤先生」と呼ばれても不思議ではないほどの、強烈な存在感である。まあ、役職としての学校長であるし、遅刻でもなく、一般社会では重役出勤と呼ばれようが立場ならそういうものだろう(職員会議は8時15分とのこと)。
余談だが、保護者らの取材によれば、校長はオシャレでキラキラのつけ爪やスマートフォンの飾りには強いこだわりがあるという。校長は、去年の地域の文化祭でも青梅市議(現職)らとともにマイクを握り、カラオケを披露するほど活動的な人物として知られているという。もちろん、服装、趣味、カラオケ、ネイル、スマートフォンへのこだわり自体は、校長としての適格性を直接決めるものではないし、この個性が明るい学校生活を導いてくれるなら素晴らしい事である。
しかし、問題は別にある・・・・。
A君の訴えを聞き、保護者とも面談し、学校生活上の重大な問題を把握していたはずの校長が、最終的にどのような判断をしたのか?・・・。なぜ、A君の訴えは教育委員会回答書で後景に置かれたのか。なぜ、音楽教諭の説明が重く扱われたのか。なぜ、A君のSOS投稿は消えたのか。
A君と保護者、副校長との話し合いの間では、掲示板削除は緊急避難行為なので「一度A君本人に確認してから」という趣旨の約束があったという。しかし、校長は、どの投稿箇所が、どの端末利用ルールの、どの項目に違反するのかをA君に具体的に説明しないまま、SOS投稿を削除したとされる。
内部関係者からは、校長について「上司なので、現場は気を遣う」「逆らえない」という趣旨の声も寄せられている。その言葉が学校組織の実態を示すならば、小規模校で最も危険なのは、校長の判断に誰も異議を言えなくなることだ。
レクサス、ジムニーノマド、こぎれいな車が並ぶ駐車場
学校の駐車場は保護者の送り迎えより多い教職員が利用し、そこには比較的新しい車が並ぶ。取材班が確認した範囲でも、レクサス、ジムニーノマドなど、目を引く教師の車両があった。車を何に乗るかは、もちろん個人の自由。
ただ、ここで描きたいのは富裕さの話ではない。「子どもがSOSを出している場所」と、「大人たちの日常」が、あまりに別世界に見えるということだ。
A君は、教員の発言に傷つき、学校の中で自分の立場を失い、不登校状態になった。一方で学校は、通常通り始まり、職員会議は進み、車は並び、日常は回る。
この落差が、いじめや不適切指導を見えなくする。誰かが泣いていても、組織の日常は止まらない。だからこそ、生徒の投稿が消されたとき、大人たちは「管理」だと思う。しかし生徒にとっては、命綱が切られる行為になり得る。
ほぼ毎日運ばれる謎の大量の卵、そして「お土産文化」
取材班が学校周辺で繰り返し目にした光景がある。大量の卵を運ぶ人物だ。生徒に尋ねると、「先生だよ」と答えたという。生徒に聞けば差し入れとかかな?とか・・・。それにしても不思議だ、地域性もあるのだろうが、それ以前に彼らは公務員だ。
さらに複数の関係者・保護者からは、学校内には独特の「配る文化」があるとの情報が寄せられている。旅行に行けば、お土産を配る。校外学習に行けば、先生や部活動の仲間へお土産を買って配る。バレンタインには菓子を交換する。誰かが出かければ、何かを買ってくる。そして、受け取れば「お返し」の空気が生まれる。
それが純粋な善意の交流であれば、我々のような外部が口を出すべきことではない。しかし、生徒・保護者の取材では、「お金がない子は肩身が狭い」「返礼がないこともある(もらえない子もいる)」「断りにくい」と感じる者がいるという。

みんながやっている。その空気で孤立する子も現れる
小さな集団では、任意の慣習が、いつの間にか義務に変わる。「みんながやっている」「空気を読んで」「これくらい普通」「配らないの?」「返さないの?」
こうした空気は、大人の世界でも子どもの世界でも、異議を言う者を孤立させる。
A君が受けたことも、突き詰めれば同じ構造にある。「謝った方がいい」「みんなの前で言いなさい」「みんな不安がってる」「みんなが困ってる」「みんながびっくりしてる」「嫌な思いをする人がいる」それは本当に、子どものための言葉だったのか。それとも、学校の空気を乱さないための言葉だったのか。違和感がある。
久しぶりのA君の登校に、更なるいじめのような対応の学校。
本日入った情報だが、「A君が来るなら別室で受ける」・・・。今、季節は期末試験に入った。不登校状態となったA君は、それでも試験を受けようとした。本人の努力。保護者の支え。周囲の支援。その中で、A君は学校へ向かう決断をした。だがA君を待っていたのは、歓迎ではなかった。
A君が来るなら、自分は別の部屋で試験を受ける――そうした意向を示した同級生がいた。A君側によれば、その同級生は、A君が「ウザい」「死ね」と言われた場面、「盗聴器を見せびらかした」とA君が名誉毀損された場面と重なる、吹奏楽部関係のグループに属している。
前回の記事にも書いたが、A君は、自分が言っていない暴言を、あたかも自分が言ったかのように扱われた。また、「盗聴器を見せびらかしていた」といった名誉毀損、虚偽の説明も広がった。
これらについては後に、副校長から事実無根であることが確認されたという。それでも、A君が試験に来ること自体が、誰かにとって「別室で受けたい理由」になる。
これは、いじめではないのか。学校側は、これを「配慮」と呼ぶのか。被害を受けた生徒が試験を受けるために登校する。その生徒の存在を理由に、周囲が避難する。そして学校が、その構図を止めず、A君だけを問題の中心に置く。その状況で、最も守られるべきなのは誰なのか。校長T氏とY音楽教諭は、A君の登校にどのような安全措置を取ったのか。
A君が試験会場で再び孤立しないよう、何をしたのか。それとも、A君以外の感情だけを「配慮」したのか。編集部は、この点についても確認を続ける。
A君は不登校になった。それでも、期末試験には向かった。ここに、A君の負けない意思がある。学校に戻ることは、単に試験を受けることではない。
自分を傷つけた教師がいる場所へ。自分のSOSを削除した校長がいる場所へ。自分の存在を理由に別室受験を求める同級生がいる場所へ。それでも、自分の足で戻ることだ。

「決裁中」の市長へ
青梅市は、今回の市長宛て文書取材について「決裁中」としている。だが、決裁中の間にも、A君は試験を受け、教室へ戻るかどうかを考え、学校側の対応を待っている。行政にとっては一件の文書かもしれない。しかしA君にとっては、自分の声が聞かれるか、また消されるかという問題だ。編集部が市長に求めているのは、立派な理念ではない。次の三点への具体的な回答である。
A君本人への聞き取りは、いつ、誰が、どのように行われたのか。音声を含む一次資料を、教育委員会は全体として確認したのか。A君のSOS投稿を、誰が、どの根拠で削除したのか。
青梅市は、過去のいじめ重大事態を受け、調査報告書を教育委員会職員が精読し、再発防止の教訓を実効的に生かすこと、保護者等が自由に意見を述べ合える参加型の体制を整えることを掲げている。文部科学省の重大事態調査ガイドラインも、重大な被害や不登校を余儀なくされている疑いがある段階から調査に向けた取組を始め、対象児童生徒の尊厳を守り、心のケア、学びの継続、再発防止に取り組むことを求めている。
ならば、今回の事案で問われるのは明白だ。
ホタルが飛ぶ学校で、子どものSOSはなぜ消えたのか。A君、頑張れ。
*本件は公務員による児童生徒への虐待事案と考えています。A君本人の強い処罰意志を尊重して
